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#41 #となりの外国人
「こまったらでんわして」ひらがなツイート、台風の長野で起きた奇跡
台風で甚大な被害が出た長野県。被災した外国人にも情報提供したいと思ったツイッターの担当者がなるべくシンプルな日本語でツイートしたところ、タガログ語やインドネシア語、韓国語などに次々翻訳され、一気に広がりました。なぜ、このツイートは広がったのか、つぶやいた人と専門家に聞いてみました。(朝日新聞社記者、岡林佐和)
10月の台風19号で、千曲川の堤防が決壊するなど大きな被害があった長野県。堤防が決壊した翌日の10月14日夜、台風の対応にあたる長野県災害対策本部が運用するツイッター「長野県防災」がひらがなで、こんなツイートをしました。
にほんごが にがてな がいこくじんの みなさんに、たくさんの がいこくごで はなしが できる でんわを つくりました。
— 長野県防災 (@BosaiNaganoPref) October 15, 2019
あめや かぜで こまったら、↓のばんごうに でんわを してください。
080-4454-1899
15のことば を きくことが できます。
ともだちにも、おしえてあげてください
当時、長野県では多くの家が水につかり、避難所に身を寄せる人たちも大勢いました。中には外国人もいます。外国人の相談に対応するため、長野県は「多文化共生センター」で15カ国語で電話による相談を受ける窓口をつくりました。この窓口を外国人に広く知ってもらいたいというツイートでした。
ツイートを担当した長野県危機管理部の窪田優希さん(34)によると、最初は英語と中国語でツイートしたそうです。すると、「『やさしい日本語』でも情報発信をした方がいいのでは」とリプライが来ました。
そこで「英語や中国語では伝わらない人たちに、どういう日本語の言葉がわかりやすいだろう?」と考えながら、ひらがなで投稿したのがこのツイートでした。災害時で余裕がなかったこともあり、「やさしい日本語」の手引きやマニュアルを見たわけではなく、どんな言葉が分かりやすいかを自分で考えて投稿したそうです。
すると、思ってもみなかったことが起きました。
このツイートが4万2千回以上もリツイートされ、広く拡散されました。さらに、投稿を見た人が韓国語やタガログ語、インドネシア語などの言語に翻訳して、コメント欄に寄せてくれたのです。
窪田さんは「こうやって皆さんの力を借りることができることができるんだ、と驚きました」と話します。ふだんから英語と中国語のスタッフがいてツイートできる態勢ですが、特に災害のとき、ほかの言語までは手がまわらないのが実情だからです。
窪田さんはこのツイートの文面について、「『にがて』という言葉がむずかしかったのでは、という指摘をあとからもらって、失敗したと思いました」と話していました。やさしい日本語のツイートは続けているそうです。
窪田さんは今回の経験から、「災害のときに日本語優先、ほかの言語は後という考えではもう古い。外国人向けのメッセージもどう準備していくか、大きな課題とわかりました」と話しています。
やさしい日本語に詳しい庵功雄さん(一橋大学国際教育交流センター教授)に聞きました。
――窪田さんがとっさに作ったやさしい日本語ツイートは、いかがでしたか?
庵さん「私も長野県のこのツイートをSNSで見ましたが、たいへん良い試みだと思いました。文面はわかりやすく、『やさしい日本語』のコツをつかんでいるという印象を持ちました。また、多言語対応の相談用の電話を設けるという取り組みも、災害時の自治体の対応として非常に優れたものだと思います」
――次々に翻訳してくれる人が現れました。なぜこのようなことが起きたのでしょう
庵さん「SNSのプラスの面が最大限に活かされた結果と言えると思います。災害時のSNSによる情報には流言飛語(デマ)のようなマイナスの面もありますが、今回の現象は不特定多数の人が参加しているSNSだからこそできたもので、テレビ、ラジオ、新聞などの既存のメディアではおそらく不可能であると思います」
庵さん「『やさしい日本語』で情報が発信された結果、他言語に翻訳する際のハードルが下がったことも重要です。つまり、情報の意図がわかりやすく伝わったため、翻訳する際に誤解が生じる可能性が小さくなり、翻訳する人に求められる日本語能力(外国人の場合)や外国語能力(日本語を母語で使う人の場合)がそれほど高くなくてもよくなったということがあります。情報自体が難しいと、翻訳する人に求められる言語能力が非常に高くなり、翻訳できる可能性が大幅に減ります。難解な文章は機械翻訳でも正確に訳せないため、正確に翻訳できる可能性が大幅に低くなるのです」
――災害時のSNSの成功例として注目されています
庵さん「拡散が起こった大きな理由に、長野県という自治体が『やさしい日本語』を発信したということがあると思います。情報自体の信頼性が増し、同時に緊急度が伝わったため、多くの人がボランティアで翻訳を買って出ることにつながりました」
庵さん「ただ、1点強いて課題を挙げるとすれば、こうしたボランティアの存在を想定して防災対策を考えるべきではないということがあります。あくまで、水害が来る前に、避難の仕方や避難情報の出し方などを、防災の専門家と自治体が協働して策定し、それを日本語を含む様々な言語の専門家の手で、あらかじめ多言語に翻訳しておき、災害時に適切な形で出せるように準備しておくという形を目指すべきだと思います」
庵さん「災害はいつ発生してもおかしくありません。防災情報や避難情報は『命を守る』ために必要になるものであり、それを必要とするのは、外国人に限りません。『全ての人の命を守るための情報』を正確かつ迅速に出せる体制を整えることが、災害大国日本にとって緊急の課題だと思います」
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