MENU CLOSE

連載

#184 #withyou ~きみとともに~

「空気を読まない」わけじゃない イメージとは真逆の帰国子女の現実

取材に応じてくれた飯田麻衣さん。「帰国子女」100人以上のアンケートを実施し、聞き取りも続ける
取材に応じてくれた飯田麻衣さん。「帰国子女」100人以上のアンケートを実施し、聞き取りも続ける 出典: 本人提供

目次

「帰国子女」と聞くと、どんな人を思い浮かべますか。外国語がしゃべれて、自分の意見をはっきり言う、「普通の日本人とどこか違う」イメージかもしれません。うらやましいと言われることもある一方、ネットで「帰国子女」と検索すると「うざい」「空気読めない」といった言葉が目に入ることも。子ども時代に日本と東南アジア、アメリカで育った記者も、思春期の頃は自分の言動や考え方が周囲と違っていないか気にしていたことがありました。自分以外の当事者はどう感じてきたんだろう。取材を進めると、意外な一面が見えてきました。(朝日新聞デジタル編集部・池上桃子)

【PR】進む「障害開示」研究 心のバリアフリーを進めるために大事なこと

3割が「いじめを受けた」

「日本社会が描く『帰国子女』のイメージと、実際の帰国子女がどのように異なるのかを明らかにしたい」
そんな目的で、2年以上海外に滞在し、日本に帰国した人たちを対象にしたアンケート調査が行われ、今年1~5月に100人以上が回答しました。
結果はこのようなものでした。

帰国時に逆カルチャーショックを感じた 77%
帰国子女であることをバカにされたり、妬まれたり、嫌みを言われたことがある 43%
いじめを受けた 34%

「逆カルチャーショック」とは一般的に、海外から帰ってきた日本人が、母国であるはずの日本の習慣や文化に対して、異国に来た時のように衝撃を受けることを指します。
アンケート調査をした飯田麻衣さん。自身もアメリカで6年半暮らした帰国子女
アンケート調査をした飯田麻衣さん。自身もアメリカで6年半暮らした帰国子女 出典: 本人提供

ブログやSNSを使ってアンケートを行ったのは、東京都に住む飯田麻衣さん(28)。自身も5歳で渡米し、小学6年生の夏までアメリカ合衆国で育った帰国子女です。
飯田さんは「多くの人が逆カルチャーショックを感じていて、日本人学校に通っていた子も例外じゃないのは意外でした」と話します。(※記者注:日本人学校は様々な国にあり、日本とほとんど変わらない教育を受けることができます。海外で暮らす時に子どもを現地校に通わせるか日本人学校に通わせるかで悩む親もいるようです)

また、アンケートでは多くの人が帰国子女であることを「誇りに思う」と答えた一方、「人から帰国子女だと認められること」は必ずしもポジティブに受け止めていない人も多く、日本社会での「帰国子女のイメージ」については「ポジティブ」から「ネガティブ」まで大きくばらける結果となりました。

それについて飯田さんは「周囲に知られるのが嫌で、隠しているという人もいます。住んでいた国や期間よってバックグラウンドは色々だし、長く海外に住んでも外国語は苦手という人もいます。なのに『キコク』と一言でくくるととても限られたイメージになってしまい、それには私も違和感を持っていました」

帰国後、1カ月で転校

飯田さん自身の帰国経験も、簡単なものではありませんでした。

「アメリカ人だ」
6年半の米国生活を終え、大阪府の公立小学校に転入したばかりの頃、クラスメートから何度も言われた言葉です。

「その頃はかなり日本語がなまっていて、髪形や服装も日本の流行と違っていました。ランドセルを持ってなかったのでバックパックを使っていて、髪の毛もワンレングスで。日本の学校のこともあまり知らず、今でも覚えているのは、牛乳瓶のふたの開け方が分からずこぼしてしまった時に『アメリカ人ってそんなこともできないんだ』と指をさされ、笑われたことです」

「自分が周りに馴染めていない」と気づくのに時間はかかりませんでした。
「明らかにはじかれていたのは自分でもわかった。日本は母国で、自分は日本人だと思っている。何が悪いのか分からず混乱しました」

アメリカの小学校にいた時の飯田麻衣さん
アメリカの小学校にいた時の飯田麻衣さん 出典: 本人提供

飯田さんはほどなく学校に通えなくなりました。
「親が学校に相談に行くと、先生は『お嬢さんは特殊です』と言うだけで、何も対応してくれませんでした」

アメリカの学校で黒人に対する差別や公民権運動を学ぶ授業を通して「差別はいけない」と先生から強く教えられていたという飯田さんにとって、この対応はショックだったと言います。

クラスに友達もできず、先生も何も対応してくれない。その環境で学ぶことはできず、飯田さんは帰国から1カ月で大阪府内のインターナショナルスクールに転校。高校卒業までその学校で過ごし、大学進学後は東京に住んでいます。帰国直後につらい思いをしたものの「私のふるさとは日本。赤べこやこけしみたいな工芸品や、地方の文化が大好きで、旅行もよくします」と話します。

公立小学校での経験については「今思えば、先生も私をどう扱っていいか分からなかったんだと思います。帰国子女を受け入れたことはほとんどない学校だったし、無理だったと思うんです。でも、これから帰国を経験する子どもたちにとっては公立の学校の状況が変わっていてほしいと思います」。

クラスに友達もできず、先生も何も対応してくれない(写真はイメージ)
クラスに友達もできず、先生も何も対応してくれない(写真はイメージ) 出典: PIXTA

なぜ帰国子女がそこまで異端視されるのか。

飯田さんが紹介してくれた本「たったひとつの青い空―海外帰国子女は現代の棄て児か―」(大沢周子)には、身ぶり手ぶりが大きいことや、初対面の相手に握手を求めたり、大人にも物怖じせずに意見を言ったりする立ち振る舞いが「鼻につく」「気にさわる」と攻撃の対象になった事例などが紹介されています。

初対面の人との距離の取り方や、教室での立ち振る舞いのスタンダードが違っていて、例えば飯田さんのようにアメリカから帰ってきた子の振る舞いが受け入れられないことがあるようです。この本は1986年に書かれたものですが、「状況は大きくは変わっていないのでは」と飯田さんは感じています。

「母国」になじめない孤独

母国に帰ってきたのに、周囲から受け入れてもらえないーー。
故郷なのに、居場所がない。

飯田さんのような経験は、帰国子女であることを「公言しない」という人が少なくない理由にもなっているかもしれません。

記者の友人にも、帰国子女が多い学校の方がなじみやすいだろうと受け入れに積極的な中学を受験したり、インターを選んだりする子がいました。とはいえ、誰でも私立の学校に通える経済力や学力があるわけではないし、飯田さんも指摘する通り、公立の学校にこそ多様な生徒の居場所があってほしいと思います。また、帰国子女に限ったことではありませんが、ちょっとした差異を理由にしたいじめが「特殊だから」で切り捨てられていいとは思えません。

飯田麻衣さんはアンケートに答えてくれた帰国子女へのインタビューも行い、多様な声を集めている
飯田麻衣さんはアンケートに答えてくれた帰国子女へのインタビューも行い、多様な声を集めている 出典: 本人提供

飯田さんと同世代の記者も、中学1年生で東南アジアから神奈川県の公立校に転入した時、「長い髪は結ぶ」といった厳しい校則や、「部活の先輩を見たら大きな声であいさつ」などの上下関係を一から身につける必要がありました。他のみんなにとっては当たり前のことなので、その戸惑いを人と共有できない孤独感もありました。自分が異物のように感じ、ここにいない方がいいのではないか、いちゃいけないんじゃないかと思うほど不安になったのを覚えています。

米国から帰国し大学に入った後は、言動に「帰国臭がでてる」「場の流れが読めてない」と言われかなり傷ついたこともありました。自分は自分なので気にしないと思う一方、「もうあまり言われないようにしよう」と努めるようになり、そのうち「帰国に見えない」と言われるようになりました。それでも自分自身は同じ自分なので、不思議に思います。

もちろん、みんなが苦労するわけではありません。飯田さんのアンケートには、逆カルチャーショックをほとんど感じなかったという回答も寄せられています。どこの国に行ってもすぐに適応し、楽しくやっていける人もいますし、逆に外国の暮らしがどうしても合わず、日本に帰れてほっとしたという帰国子女もいます。

専門家に聞くと…イメージとは逆

帰国時の逆カルチャーショックは、メンタルヘルスにも影響を及ぼすことがあります。

帰国子女や海外移住者の診療を続けてきた「池袋心療内科メディカルオーククリニック」の小川原純子院長(50)に話を聞きました。

「毎年20人ほどの帰国者(大人も含む)が通院しています。適応障害や摂食障害で来院し、投薬が必要なケースもあります。不登校になって親と一緒に来院する子や、自傷行為をしている子もいました」

ほとんどが日本への再適応ができず、ストレスを感じているケースだと言います。

ほとんどが日本への再適応ができない(写真はイメージ)
ほとんどが日本への再適応ができない(写真はイメージ) 出典:PIXTA

「日本が悪い、海外が良いということではないですが、日本の学校は子どもに求めるマナーや規律の水準も高く、それに慣れていない子にとっては適応がとても難しいように思います。例えば授業中に水を飲まない、図書室では本当に静かにする、1人が悪いことをすると集団で怒られるなどの場面が理解できずストレスを感じる子がいます」

小川原院長は、帰国子女たちに会う中で気づいたことがあると話します。
「ほとんどの子が、新しい環境に適応しようとヘトヘトになるまで努力して、情緒不安定になっています。ある女の子は小学5年生で東南アジアから引っ越してきて、地域の学校に慣れようといつも気を張っているうちにものが食べられなくなって来院しました」

物怖じせずに自分を貫く、あえて悪く言えば「空気を読まない」というような帰国子女のイメージとは逆で、必死で合わせようと自分を演じるうちに無理が生じる。そんな思春期の子どもの葛藤が見えてくるような気がしました。

自分らしくいられる場所

思春期の子を支えるには「自分らしくいられる場所をつくってあげること」が大事だと小川原院長は言います。

「再適応には混乱が伴います。学校で一生懸命適応しようとしている分、家庭で気持ちを吐き出せる場所をつくるのが大事です。家に帰ったとたんすごい勢いで学校の悪口を言う子もいますが、言いながら気持ちを整理するので、親には否定しないで聞いてあげてほしいです」

「もしどうしても無理なら、学校を休むのもあり。今はSNSで海外の友達と簡単に話せるし、過去が幸せなら思い出とつながることも大事です」

中には再適応をあきらめ、元の国に戻る子どももいますが、多くの子どもたちが3年ほどかけて日本に再適応すると感じているそうです。「時間はかかっても、最終的にはみんな乗り越えています。自分は海外に行ってきてよかった、と思えたらもう大丈夫です」

どこで生まれ、どんな文化で育つかは子ども自身に選べることではありません。異文化に触れたことをギフトだと思える人もいますが、トラウマを抱え、いつまでも日本になじめないまま大人になる人もいます。そもそも、「再適応」は絶対にしなければいけないものでしょうか。どこの国にいても、同じ自分でいることは難しいのでしょうか。もう少しこの問題を取材してみたいと思います。

連載 #withyou ~きみとともに~

その他の連載コンテンツ その他の連載コンテンツ

全連載一覧から探す。 全連載一覧から探す。

PICKUP PR

PR記事

新着記事

CLOSE

Q 取材リクエストする

取材にご協力頂ける場合はメールアドレスをご記入ください
編集部からご連絡させていただくことがございます