連載
#3 クジラと私
クジラは絶滅寸前? 捕鯨船で見た「厳格ルール」何から何まで記録
私は、平成元年生まれの埼玉育ち。大人になるまでクジラを食べたことはありません。最近まで「クジラが食べられなくても困らない」と思っていましたが、一方で、「食文化は多様なほうがいい」とも思ってきました。日本は、捕鯨では国際社会から批判を受けることが多い立場です。鯨を食べない人間も、無関係ではありません。問題の根っこにあるものは何か? 現場から考えてみようと捕鯨船に密着取材をしようとしたところ……「無理です」。クジラにまつわる疑問を現場から考えます。(朝日新聞記者・初見翔)
ノルウェー最大の捕鯨会社「ミクロブスト・バルプロダクタ・エーエス」の捕鯨船カトー号に乗って10日目。船長のダグ・ミクロブスト(65)がクジラの資源管理のために、航海中にしなければいけないことを教えてくれました。
まず、船室に備え付けられたパソコンから毎日、政府に報告を上げます。捕鯨砲を撃った時刻、クジラを引き揚げた時刻、解体を終えて骨を海に捨てた時刻。捕ったクジラの大きさ、オスメスの別、メスの場合妊娠していたかどうか、などなど。1頭も見つからなかった日も、かならず報告するといいます。
捕鯨砲にはセンサーがついていて、撃った時刻や対象に当たったかどうかが自動的に記録される仕組みだそうです。漁期が終わるとこれを当局が確認して、事前の報告とつきあわせるといいます。
さらに、捕ったクジラは全て番号を振って小さな肉片を保管します。これを政府に提出し、DNAを解析することで、スーパーなどに出回っている鯨肉に密漁されたものが混じり込んでいないかを確認しているとのことでした。ノルウェーの鯨肉は日本に輸出もされているため、DNAのデータは日本側にも提供されているそうです。
ノルウェー政府によると、ノルウェーが捕鯨を行っている海域のミンククジラの生息数は10万頭以上。2018年は1278頭の捕獲枠に対し、454頭が捕獲されました。
実際に船に乗って驚いたのが、クジラの探し方です。船の前方には海面から18メートルの高さにポールが伸びていて、そこの上から目視だけで探すのです。この海域はクジラの漁期の夏、夜も太陽が沈まない白夜となるため、シフト制で24時間探し続けます。日本ではソナーを使うこともあるそうですが、ノルウェーでは法律で使ってはいけないことになっているとのことでした。
目視だけなので、波が高かったり、霧が濃かったりするとめったに見つけられません。しかもノルウェーで唯一捕獲の対象になっているミンククジラは体長がだいたい5メートルから9メートルほどと小型で、潮吹きもほとんどしないのでなおさらです。
一度見つけても、また潜ってしまうので、船で近づくのも容易ではありません。見つけてから捕獲まで3時間かかったこともあれば、逃げられてしまうこともよくありました。
地球上に80種類以上いるクジラのなかには、地球最大の動物であるシロナガスクジラのように、絶滅に危機にあるとされる種もいます。ですが少なくとも、私が見たノルウェーのミンククジラについては、絶滅につながるような規模の捕獲ではなさそうです。むしろ、あの捕獲方法では絶滅させる方が難しいようにすら思いました。
日本の捕鯨船には乗ってないのでその実態は詳しく分かりませんが、水産庁によると、捕獲枠は、その海域に生息するクジラの群れ(系群)の頭数の1%未満にしているといいます。国際捕鯨委員会(IWC)を脱退した後の商業捕鯨でも、IWCで合意した方法で捕獲枠を算定しているためです。
確かに、海の中には未知のことがたくさんありますし、クジラが何頭いるかを完璧に把握することも難しいでしょう。過剰な捕獲にならないような手立ては念には念をいれて組み立てるべきなのは言うまでもありません。それでも、現代の捕鯨によって、クジラが絶滅に追い込まれているかのような言説には、違和感を抱かざるを得ませんでした。
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