#13
山下メロの「ファンシー絵みやげ」紀行
お土産は「坂本龍馬」が独占する高知、やっと見つけた四万十の巨大魚
懐かしい「ファンシー絵みやげ」を調査する山下メロさん。四万十川の調査には2つの問題があるといいます。
80~90年代に日本中の観光地で売られていた雑貨みやげ「ファンシー絵みやげ」を集める山下メロさん。時代の流れとともに消えていった「文化遺産」を、保護するために全国を飛び回っています。今回訪れたのは、高知県。お土産は「坂本龍馬」モチーフで独占されている地域です。それ以外のものを見つけるのが難しいという中で、たまたま見つけた巨大魚ののれんと、あるヒントをもとに、旅が始まりました。
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私は、日本中を旅しています。自分さがしではありません。「ファンシー絵みやげ」さがしです。
「ファンシー絵みやげ」とは、1980年代から1990年代かけて日本中の観光地で売られていた子ども向け雑貨みやげの総称で、ローマ字日本語、二頭身デフォルメのイラストが特徴です。写真を見れば、実家や親戚の家にあったこのお土産にピンと来る人も多いのではないでしょうか。
バブル~平成初期に全国の土産店で販売されていた「ファンシー絵みやげ」たち
バブル時代をピークに、バブル崩壊とともに段々と姿を消し、今では探してもなかなか見つからない絶滅危惧種となっています。
私は、その生存個体を保護するための「保護活動」を全国で行っているのです。今回の舞台は、清流・四万十川が流れる高知県四万十市です。
「ファンシー絵みやげ」探しの旅は、いつも謎解きのようです。インターネットや書籍には記録が残っていないため、微かな情報の破片から、アナログな方法で探し出していくしかありません。
そんななか、どうしても探し当てたいファンシー絵みやげが、高知県にあるのです。それは「四万十川」のファンシー絵みやげです。
ファンシー絵みやげの特徴として、その土地にまつわるモチーフや地名が用いられていることがあります。 しかし、観光名所である「四万十川」のファンシー絵みやげは一度しか見たことがなかったのです。
それは以前、高知県の中央より少し北側にある龍河洞という鍾乳洞を調査したときのことです。閉店した土産店の中に残されていたレースののれんに、「Phantom Fish AKAME」「SHIMANTO」の文字。そして、四万十川に生息していることで有名な巨大魚・アカメのリアルなイラストが使われていたのです。
四万十川学遊館で飼育されている四万十川の巨大魚アカメ。四万十川の汽水域を代表する魚だ=四万十市具同の四万十川学遊館、2012年 出典: 朝日新聞
イラストこそデフォルメされていないものの、「Phantom Fish AKAME」のローマ字日本語が使われていました。立派なファンシー絵みやげです。
龍河洞と四万十川は遠く離れているので、なぜ龍河洞で使われているのか理由は不明ですが、四万十川流域で売るための商品が存在していたのは間違いなさそうです。
問題は、四万十川流域のどこで売られているかということです。
こちらは営業中の土産店でディスプレイになっているアカメのレースのれん。右下に「Shimanto」の文字が見える。
時が経ち、発見につながりうるヒントは知り合いからもらったキーホルダーにありました。そのキーホルダー自体はファンシー絵みやげではなかったのですが、購入した時のそのままの小袋に入っていました。その小袋には「四万十」の文字。それは、どうしても探したかったファンシー絵みやげがある場所なのです。
もしやこれが手がかりになるのではないかと、小袋をくまなく見てみると、店の屋号はありませんでしたが、住所がありました。しかし、その住所は最後の番地のところで切れてしまっています。
この店を探し出せれば、「四万十川」のファンシー絵みやげに出会えるかもしれません。
なぜ住所が中途半端に切れた小袋が生まれるかというと、ほとんどの土産店は大判の包装紙を大量に印刷して、それを色々な大きさに裁断して使っています。
中でもキーホルダーなどを入れる小袋は、その包装紙からお店の方が自分たちで切り出して、糊で貼って手作りしていることがほとんどです。
5000店も土産店を回っていると、お客さんのいない時間などにせっせと作業をしている場面に遭遇することもあります。
そういった理由で、残念ながら住所は途中までです。そして屋号も分かりません。ですが、四万十川の観光みやげを置いている場所のおおよそのエリアが分かっただけでも大発見です。
念のため、オンラインの地図で、包装紙の途中までの住所を調べてみました。周辺にあまり建物がないためか、すぐに「四万十屋」という飲食店が出てきました。営業はしているようです。おそらく飲食業を営みつつ、に土産店を併設しているのではないか……。四万十川に光明が見えてきました。
では、四万十にはどんな「ファンシー絵みやげ」があるのでしょうか。
お土産業界において、高知県は「坂本龍馬独占地域」です。高知県のファンシー絵みやげのモチーフはほぼ坂本龍馬。それ以外を探すのが難しいほどに坂本龍馬が多用されているのです。
そんな中、可能性があるとすれば、ジョン万次郎や四万十川にまつわるモチーフです。
27歳の万次郎の肖像画(複製)。ゴールドラッシュのころの格好らしい。ジョン万次郎資料館に展示されている=2015年 出典: 朝日新聞
ジョン万次郎は坂本龍馬と同じく幕末に活躍していますので、きっとそのファンシー絵みやげも存在すると感じていました。彼の出生地がある足摺岬エリアの観光スポットにある売店や、宿泊施設を調査すれば良いということは分かります。
一方、四万十川にまつわるモチーフは、トンボや巨大魚アカメが有力です。しかし四万十川を、調査するには2つの問題があるのです。
1つ目の問題は調査ポイントの問題。山、湖など特定のエリアだけという場合は、調査するべき場所は非常に分かりやすいです。
山であれば登山客向けの駐車場や展望台、休憩所やロープウェー乗り場、海であれば海水浴場や灯台、湖の場合は湖畔にあるボート乗り場周辺の売店となります。
それに対して川というのはその長さがネック。有名な川であってもどこに売店などの調査ポイントがあるのか見極めづらいのです。
そしてそもそも観光スポットになっていない場合もあります。川下りやライン下りをやっている場合は、その乗り場や降り場に売店が存在しますが、それ以外の場合はお手上げです。
そんな中で有名な四万十川の調査スポットは一体どこなのでしょうか。四万十川に多く架かる、増水時には水中に沈む橋・沈下橋でしょうか。
咲き誇る菜の花に彩られた四万十川に架かる沈下橋=2015年 出典: 朝日新聞
しかし川が長すぎて、40橋以上の沈下橋のすべてを調査して回ることは現実的ではありません。
2つ目の問題は、モチーフになると思われるキャラクターの問題です。
四万十で有名なのはトンボとアカメですが、昆虫も魚もイラストでデフォルメされにくい代表格です。
昆虫は6本足ということもあり、二頭身で直立した形にするのが難しい。魚となれば、さらに難易度が上がります。ヒトと同じほ乳類に比べると、擬人化する上で無理が生じやすいのでしょう。
当時のファンシー文具などのキャラクターにおいても昆虫や魚はあまりモチーフになりませんでした。魚には簡略化してしまうと種類が分からなくなるという問題もあります。
四万十川沿いで真っ赤に変身したリスアカネ=四万十市中村四万十町のトンボ誘致池、2011年 出典: 朝日新聞
水族館や海岸など、特定の魚類でなくても良い場合は問題ないのですが、アカメというアイデンティティを保持しようと思うと非常に困難なのです。魚の中でかろうじてデフォルメできているのはウナギやマンボウくらいでしょうか。
昆虫はカブトムシやクワガタ、テントウムシなどのイラストが存在しますが、特に有名なエリアというものがないため、特に地域には由来せず、森林公園や遊園地などの子ども向け商品として存在するばかりです。
マンボウなどではない限り、イラストで魚を描き分けるのは難しい
以上の理由から、四万十川にはファンシー絵みやげが生まれにくいと、絶望的な思いを抱えていましたので、今回の包装紙の発見は、大きな前進となったのです。
私は包装紙にあった住所のエリアを目指すため、朝一番のフライトで高知龍馬空港に降り立ちました。しかしここからが大変です。まず中心部の高知駅までバスで30分ほどかかり、さらに本数の少ない特急電車の時間を待って乗車し、西へ1時間半移動。目的地最寄りの中村駅につくと、もうお昼手前ごろになっています。
中村駅前の観光案内所で、レンタサイクルの申し込みをしながら包装紙に書かれた住所の話をしました。
かなりのお金と時間をかけてたどりついた駅前で、まさかの事実を突きつけられました。私が「現在も営業している!」と思い込んでいたのは、土産店の隣の食堂だったのです。そしてその肝心の隣にある土産店は、だいぶ昔に閉店してしまったということ。
包装紙の住所が途中までしかなかったので仕方がありません。ここまで来たので、せめて現状どうなっているかを見に行くことにしました。
お目当ての土産店が閉店していたという事実に気落ちしつつも、レンタサイクルで雄大な四万十川の橋を渡っていくのは非常に爽快でした。もはや、何の成果も得られなくても、この大自然の中を走ることができただけで充分満足とさえ思えてきたのです。
しかし、現地にたどりついた瞬間、そんな気持ちは霧消しました。それはなぜか。明らかに「ファンシー絵みやげが売られていた店」だったからです。
5000店舗の土産店を見てきた私からすれば、外観を見ただけでも大体の予想がつきます。間違いなく「ファンシー絵みやげが売られていた」雰囲気に、失ったものの大きさを感じました。
せめて在庫が店内や倉庫などに残っていないかと思い、情報を得ようと隣の四万十屋さんにも訪ねましたが分からないとのこと。仕方なく周囲を歩いていると、四万十屋さんと反対側に建物があるのが見えました。時間とお金をかけてここまで来た以上、後悔のないようにしようと、その建物の入り口から中へ向かって声をかけてみました。
そう言うと、すぐに携帯電話で連絡してくださいました。なんという展開の早さでしょうか。後ほど少し離れた場所まで訪問し、当時を経営されていた方とお話させていただくことができました。
結論から言うと店内は空っぽ。在庫は問屋さんがすべて引き上げたということです。残念ではありますが、ここまで聞けば納得できるというものです。
むしろ、引き上げた在庫品は、高知市などで営業している問屋さんに残っているのではないかとのこと。つまり、今回の保護活動のスタート地点にその可能性があるということになりました。
そして、トンボ公園や沈下橋、駅周辺の宿泊施設などを調査したあとレンタサイクルを返却し、駅に向かいました。すでに遅い時間だったので駅の売店は閉店しています。その檻のようなシャッターの向こうを見て、私は目を疑いました。
そこには、遠く離れた龍河洞で見たものと同じアカメのレースのれんがあったのです。
よく見るとそれらは、日よけや目隠しのように商品を覆い隠しています。
ここで一気に点と点が繋がりました。
アカメのレースのれんはすべて備品として装飾や目隠しに使われていました。龍河洞で使われているものは、「SHIMANTO」と遠い場所の地名が入っていることから、明らかに現地で売る商品ではありません。なので、その店の不良在庫などではないはずなのです。
そうなると問屋さんから在庫を支給されたと考えるのが妥当ということになります。中村駅の売店も同様です。これはおそらく、閉業したアカメ館から引き上げたアカメのレースのれんの売れ残り在庫品でしょう。
アカメ館の閉業もあり、「SHIMANTO」が使えるエリアで売る場所が少なくなり、卸す先がないけれど処分するのももったいない。それならばと、懇意にしている土産店に「ディスプレイや日よけにお使いください」として配ったのではないか。こう考えると色々と話が繋がるのです。
後から聞いた話では、私がアカメ館の隣の建物で出会った女性社員の方は、なんと1年ぶりに掃除しに来られたそうです。しかも数十分掃除して帰る予定だったとのこと。他の日時に来ても、関係者には会えなかったと。つまり1年に数十分しかないタイミングだったのです。
私が東京から飛行機に乗り、バスに乗り、電車に乗り、自転車に乗りアカメ館にたどりついたその時間が、まさに1年に数十分しかないタイミングと奇跡的に重なって、経営されていた方のダイレクトな情報にまでたどり着けたのです。
どれだけ時間とお金を使おうとも、ファンシー絵みやげが残っていない場所では、どうやっても見つけられないことがあります。こればかりは仕方のないことです。あとは、納得がいくまで追いかけてみること。いくつ壁が立ちはだかっても、超えていかなければ本当の姿は見えてきません。
今回、最終的にファンシー絵みやげそのものは手に入りませんでした。しかし、住所の完全ではない小袋を頼りに始めた今回の旅。それ以上の情報が残されていないなかで、当時のことを肌で知る人の言葉は、何にも代えがたい貴重なものなのです。
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山下メロさんが「ファンシー絵みやげ」を保護する旅はまだまだ続きます。withnewsでは原則週1回、山下さんのルポを紹介していきます。