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連載

#158 #withyou ~きみとともに~

僕たちは、初音ミクに救われた 誕生12年「機械の声」がつないだもの

今年誕生12周年を迎える初音ミク。彼女たちボーカロイドの歌う歌は、見知らぬ人同士をつなぎ、ときにその心を支えてきた。彼女たちの歌に救われて歩んできた若者たちの半生を聞いた。

初音ミクの恒例イベント「マジカルミライ」今年のメインビジュアル。イラストはni02さん。(C)クリプトン・フューチャー・メディア、ピアプロ
初音ミクの恒例イベント「マジカルミライ」今年のメインビジュアル。イラストはni02さん。(C)クリプトン・フューチャー・メディア、ピアプロ 出典: マジカルミライ2019

目次

街を歩いていて、他人のひそひそ話が聞こえると、自分への悪口ではないかと感じてしまう。親の期待に押しつぶされそうになり、人生をあきらめかける。今年、干支をひとまわりした12周年になるボーカロイド初音ミクは、そんな生きづらさを抱える人たちの支えになってきた。「機械の声」を通じて生まれた人と人とのつながりを追った。

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「自分だけじゃない」。ミクたちの歌で知る

東京都の会社員Aさん(18)の生まれ育ちは東北。父の実家に三世代で同居していた。祖父は酒に酔うと祖母を殴り、聞くに堪えない罵声を母に浴びせる。自分では覚えていないが、3歳のころ、ふとんの中で泣く母に「ぼくがお母さんを守る」と言ったそうだ。「だから私はがんばれた」と母が述懐するのを中学生になって聞いた。母によると、3歳のAさんはその後、積極的に家事を手伝い、祖父が母に当たろうとすると、かばうようになったらしい。

そのせいだろう、物心ついたら、人の顔色ばかり見るのが習い性になっていた。にもかかわらず、いや、だからこそ、かもしれない。小学校から中学にかけて、特定グループにいじめられ続けた。

「死にたい」「消えたい」、とくに中学のころはそんな思いが消えなかった。生まれてきた意味など、一体どこにあるのだろう。

そういう気持ちにとらわれたときは、初音ミクたちボーカロイドの歌を口ずさむ。

こんな僕が生きてるだけで
何万人のひとが悲しんで
誰も僕を望まない
そんな世界だったらいいのにな
ねこぼーろさん作「自傷無色」(歌・初音ミク)
そこに僕がいない事
誰も気づいちゃいないでしょう
そもそもいない方が
当たり前でしたね
kemuさん作「インビジブル」歌・GUMI、鏡音リン
嘘みたいに 僕をわかんないで
ってほら残念そうな目で値踏んじゃって
媚(こ)び笑ったあの時の僕も死んじゃえばいいよ
馬鹿みたいだ 君もそうなんだ
冷たい観衆なんかもう見ないでいたい
ほら ピンスポットも外れた シートに座ってさ
n-bunaさん作「劇場愛歌」歌・miki

心の内がそのまま言葉になったかのような歌、歌、歌……。なかでも「劇場愛歌」は、鏡で自分を見るようだった。いわゆる「万人向けヒット曲」ではまず絶対に出合えない率直すぎるほどの心情の吐露。「こんな思いをしているのは自分だけじゃない」。そう感じられるほとんど唯一の時間だった。

出典: 【miki】 劇場愛歌 【オリジナル曲】

人に迷惑をかけてはいけないという思いが何より強い。祖父の怒鳴り声や身勝手なふるまいにがまんならなくなると、自室に戻り、枕を殴り続けた。そうすれば誰にも聞かれない。

「自分なんか、いなくても同じじゃないか」

校庭で笑って遊んでいる同じ学校の生徒たちを3階の教室の窓から見ながら、「いまここから身を投げたら、あいつらの笑顔は消えるだろうか」と、1時間近く考えていたこともある。自分の心臓に刃物を突き立てる夢、逆に自分以外がみな死ぬ夢、そんな夢を繰り返し見た。

親に相談しても、「強くなれ」としか言ってくれない。生きている理由がわからなくなって、「なんで俺を産んだんだ」と母親に向かって叫んだら、横っ面をひっぱたかれた。ますます自分が否定されたように感じた。

機械の声だからこそ心に響く

無機質な機械の声だからこそ、初音ミクたちの歌は深く届いたと思う。

自分がただの染みに見えるほど
嫌いなものが増えたので

地球の裏側へ飛びたいのだ
無人の駅に届くまで
n-bunaさん作「夜明けと蛍」歌・初音ミク

「ただの染み」──自分のことだ。誰の肉声とも違う機械の声のおかげで、逆に自分がいちばん聞きたい誰かの声に自分の心の中で近づけられた。

「僕は自分が大嫌いなんです。でも、こういう歌を口ずさむと、いやな思いを全部吐き出せた」。そういう歌詞と、それを届けてくれるボーカロイドに、ぎりぎりのところで救われてきた。

出典: 【初音ミク】 夜明けと蛍 【オリジナル】

「本当はこういうことを、身近な人に気づいてほしかったし、自分も同じなんだよと言ってほしかったんだと思います。でも、そんな人いなかった。ミクたちボーカロイドだけだった」

今年、就職して上京し、趣味などを通じて、自分を素直に出せる仲間や場に出会えた。一人の人間として接してくれ、必要としてくれる人たちを見つけた。生きていたからこそだった。幸い、親との仲も改善した。「強くなれ」という言葉も素直に受け止められるようになってきた。

「やりたいこと、何もやってない…」

東京都の飲食店に勤めるBさん(23)はいう。「ミクたちの歌がなかったら、今ここにいないと思います」

中学3年の2学期末、生きるのをやめようと思った。思い詰めた末の「その瞬間」、部屋のふすまが開いて、弟たちが入ってきた。泣きじゃくる2人に「バイバイ」と告げた直後、ふと、近くに置いたCDが視界に入った。

当時、友達に借りていたうちの1枚「Vocalogenesis」(エグジットチューンズ)。家が貧しく、CDもなかなか買えなかった。左から初音ミク、鏡音レン、鏡音リン、巡音ルカ。イラストは三輪士郎さん
当時、友達に借りていたうちの1枚「Vocalogenesis」(エグジットチューンズ)。家が貧しく、CDもなかなか買えなかった。左から初音ミク、鏡音レン、鏡音リン、巡音ルカ。イラストは三輪士郎さん 出典:EXIT TUNES

初音ミクたちボーカロイドのアルバム。友達に借りていた1枚だ。ジャケットのミクの絵を見た瞬間、夢中になって聴いた歌たちがフラッシュバックのように脳裏にあふれた。

大体それで良(い)いんじゃないの 失敗しても良いんじゃないの
どんなに悩んだってほら 結局タイミングなんじゃないの
一つ一つ抱え込んで 一体何をどうしたいの
やりたいことやる為(ため)に 君は生まれてきたんでしょう
ジミーサムP作「No Logic」(歌・巡音ルカ)

なかでも憑(つ)かれたように聴いていた1曲、ジミーサムPが作詞作曲して巡音ルカに歌わせた「No Logic」。その歌詞が何度もリフレインした。

どれくらいそうしていたのか。

「やりたいこと、何もやってない…」

「そのために生まれてきたはずなのに…」

そんな思いがこみあげてくる。生きなきゃ、と初めて強く感じた。全身の緊張が解けた。上の弟はそれを察して、崩れるようにへたり込んだ。

出典: 巡音ルカオリジナル曲 「No Logic」

物心ついたときから、父はことあるごとに母を殴り、家財道具にも当たった。トイレのドアには、父のこぶしの痕跡の穴があいていた。Bさんが5歳のとき両親は離婚、兄弟3人は母に引き取られた。離婚の際、母はBさんに言った。「これからはおまえが(弟たちの)父親代わりだよ」

5歳の子に、その言葉は重すぎた。毎朝6時に起きて家事の手伝い。朝食後、勉強してから登校、帰宅しても勉強で、就寝は午後9時と厳しく決められていた。中学では1日平均6時間近く勉強し、英語と数学は学年トップクラス。だが国語と社会が苦手だった。母は得意科目はほめず、苦手科目ばかりを責めた。

母は言った。「私は成績が悪かったら、親におもちゃを全部捨てられた。おまえは捨てられないだけましでしょ」

反抗などありえない。進学する高校選びでも、私立は論外だった。

「お金がないんだから、公立以外は行っちゃいけないよ」

日に日に増す重圧。「あと2カ月で将来が決まってしまう」──2学期も終わりに近づくと、それしか考えられなくなった。楽しいことは何もない。半分まひしたような頭で、生きるのをやめようとしてしまった。

「大人になってから思うと、あの年代って、視野がとても狭いんです」とBさんは言葉を継ぐ。「身近なことしか目に入らないし、気がつかない。だからこそ『No Logic』のストレートさが伝わったとも思います」

神様、この歌が聞こえるかい あなたが望んでいなくても
僕は笑っていたいんです 泣きたい時は泣きたいんです
いつだって自然体でいたいんです
誰もが二度と戻れぬ今を きっといつか後悔するから
今はまだこんな気持ちで気ままに歩いていたって、良いよね
ジミーサムP作「No Logic」(歌・巡音ルカ)

ぎりぎりのタイミング。心を締め上げていた何かがほどける気がした。自分のために生きたい、自分を変えなければ──こんなに強い気持ちは、それまで感じたことがなかった。

親ではなく自分のために、猛勉強を本気で始めた。進学した公立高校では、週5回アルバイトをしながら、成績上位を続けた。大学の入学金や授業料も自分でまかない、いまも毎月5万円ずつ返している。

ミクがつかむその手の先に

大人になったいまも、支えはミクたちの歌だ。中でも特別な1曲がある。

そう Hand in Hand
君が掴(つか)んだ その手は遠くまで
Hand in Hand
違う誰かの 涙拭(ぬぐ)う
kzさん作「Hand in Hand」(歌・初音ミク)

初音ミクが2015年に日本武道館で開いたライブ「マジカルミライ」のテーマ曲「Hand in Hand」。「この歌を聴くと、ミクが僕の手をつかんでくれていると思えるんです。彼女に手をつかんでもらっている僕が、別の誰かの涙をぬぐいたいと、希望が湧きます」

出典: 【初音ミク】 Hand in Hand (Magical Mirai ver.) 【マジカルミライ 2015】

2011年、米ロサンゼルスで初の海外公演を成功させたあと、初音ミクはグーグルのウェブブラウザー「グーグル・クローム」のCMに起用された。テーマ曲は「Tell Your World」、作者は「Hand in Hand」と同じkzさんで、初音ミクの代表曲の一つと広く認知されている。

出典: Google Chrome : Hatsune Miku (初音ミク)
君に伝えたいことが
君に届けたいことが
たくさんの点は線になって
遠く彼方(かなた)へと響く
君に伝えたい言葉
君に届けたい音が
いくつもの線は円になって
全て繋(つな)げてく どこにだって」

君が伝えたいことは
君が届けたいことは
たくさんの点は線になって
遠く彼方へと響く
君が伝えたい言葉
君が届けたい音は
いくつもの線は円になって
全て繋げてく どこにだって
kzさん作「Tell Your World」(歌・初音ミク)
出典: livetune feat. 初音ミク 『Tell Your World』Music Video

2007年の登場時、初音ミクの歌には、ミク本人を指す「私」という一人称がしばしば登場した。「私(ミク)は歌うことしかできない。けれど君(作曲者)の思いを受け止め、精いっぱい歌う。それが私の存在意義」という趣旨の歌が多数投稿され、熱い支持を集めた。「私(ミク)と君(作曲者)のきずな」、それが初音ミク初期の大きなテーマだ。

だが「Tell Your World」には、「私」が登場しない。「君が」「君に」の繰り返し。偶然なのか意図しているのか。記者の取材に、kzさんはこう答えた。

「人称は意識しています。『私』という一人称を出してはいけない曲でした。クリエイターたちを歌う曲であり、『個』を持たないボーカロイドを歌う曲ですから」

「『君』というのは、特定の個人でもいいし、コミュニティーでも世界でもいい。その人が思う対象そのものをイメージしてもらえればと思っています」

「君」は作り手であり受け手でもある。そうして作り手と受け手を、人と人とを次々と結びつけていくのが初音ミクのあり方、「Tell Your World」はそういう歌だった。

kzさんの言葉を伝えると、Bさんは意表を突かれた表情を浮かべ、スマホで「Tell Your World」を再生し始めた。目に涙が浮かんでいる。

数日後、再会したBさんに涙の理由を尋ねると、こう語ってくれた。

「『Hand in Hand』が好きでたまらない理由がわかったんです。僕は、ミクが手をつかんでくれたとずっと思っていました。でも、そのミクの手の先に人がいた。つながっていたのは、人なんですね。ミクを通して、人と人とがつながっていく。ずっと聴き続けていたミクの音楽は、そういうものだったんだって」

「ボーカロイドは、人やコミュニティーをつなぐハブ」

「Hand in Hand」「Tell Your World」の作者kzさんは、メールでの質問に、あらためてこうコメントした。

「(初音ミクたち)ボーカロイドは、人やコミュニティーをつなぐハブであり続けていることが美しいと思っています。だから、つながっているのが人の手だと言ってもらえることは本当にうれしい」

Bさんをぎりぎりのところで踏みとどまらせた「No Logic」の作者・ジミーサムPは、同じくメールで次のような趣旨のことを書き送ってくれた。

「自分の曲を自分で歌うことは全く考えていなかったので、ボーカロイドがなければ、インストルメンタル(器楽)曲しか作らなかったはず。歌を公開できたのはボーカロイドのおかげです」

「作詞・作曲から歌の音源制作まで、ボーカロイドを使えば、作者一人で完結できる。歌ものは(録音など)さまざまな苦労がありますが、それをクリアしてくれたことで、多種多様な音楽が生まれたと思います」

「ボーカロイドで歌を作り始めたとき、私は何の実績もないただの学生でした。そんな自分の作った歌が、誰かの心を動かしたり、人生に大きな影響を与えたりすることは、本当に幸せに感じます」

若者たちの率直な心情を託され、まだ見ぬ人と人とを結びつけてきたボーカロイドたち。今年、初音ミクは干支をひとまわりした12周年、「No Logic」を歌った巡音ルカは10周年になる。その祭典「マジカルミライ」は、8月中旬の大阪での開催を終え、首都圏では8月30日から千葉・幕張メッセで開かれる。Aさん、Bさんだけでなく、ボーカロイドたちの歌に力づけられてきた名もなき人々もまた、そこに集う。

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