連載
#113 #withyou ~きみとともに~
大人になっても続く「普通じゃない」の呪縛 不登校経験者の苦しみ
不登校の苦しさは、学校に行けない期間だけでなく、社会人になった後も続くことがあります。「学校に行けなかった自分は『下の人間だ』」。そんな思い込みから、不登校の経験にふたをして「自己否定感」を生んでしまう。人間関係に影響を与えることも……。「生きづらさから少しでも楽になってほしい」と話す教育社会学者でシューレ大学スタッフの朝倉景樹さんに話を聞きました。
朝倉さんがスタッフとして関わる、不登校経験者たちが通う民間の大学「シューレ大学」の不登校研究会では、当事者や経験者を対象に「不登校の苦しさ」をネット調査しています。
不登校研究会は、シューレ大学のOB・OGを含めた18~40代半ばの十数人が、生きづらさなどにてついて議論を交わすなかで、メンバーから「不登校経験の苦しさにふたがされているような状況をどうにかしたい」という声があがったことがきっかけだといいます。
朝倉さんは「不登校については一定の理解が進み、社会も環境を整備しましょうという流れになっていて、それはとてもありがたい」とする一方で、「不登校経験はそれなりにしんどいんだけど、なかなか理解してもらえない」と話します。
「不登校経験の苦しさ」、その正体とは一体なんなのでしょうか。
朝倉さんは、多くの不登校経験者はその経験により、「自己否定感を得る」と話します。
「日本の子どもたちは学校に行くのが当たり前という環境にあります。でも、いじめなどの理由で不登校になると、その『当たり前』ができなくなり、『みんな大変なはずなのに行けない・行かない自分はだめな人間なんじゃないか』という否定感を得ることにつながるんです」
不登校経験者の多くが「自己否定感」を抱えているということを前提に、朝倉さんは、今回の調査には、当事者と当事者以外に向けてそれぞれ発信する意味があると言います。
「当事者に向けては、不登校経験の苦しさを持つ人たちに『あなただけじゃない』と伝えたいと思っています」
朝倉さんがこれまで見てきた中には、アルバイト先などで不登校経験を話し、「不登校になんか見えないよ。全然大丈夫だよ」と言われたという経験者もいるといいます。
不登校経験に後ろめたさがある本人は、たとえアルバイトができるようになっていても、「普通じゃない」自分が際立ってしまうように感じます。「普通にしないといけない」「やっぱり私のつらさはわかってもらえないんだろうな」という思いを強くする場合があるといいます。
「自己否定感を持っている子どもたちは、『自分がだめだということがばれるのではないか』などの気持ちから、『人が怖い』という感覚も同時に出てきます。人の『否定的な視線』を怖く感じ、経験者同士でさえ自分の気持ちを話しにくくなってしまうことがあります」
「だからこそ、自分が弱いから・自分がだめだからつらいわけではないということを伝えたいんです」
また、当事者以外に発信するのには、「いまの自分の苦しさを言える状況にない不登校の子どもたちもいます。経験者からの『苦しさ』を調査し発信することで、本人がゼロから言えなくても、関心を持ってくれた人たちに苦しさを伝えることができる」と話します。
「学校に行けない・行かない自分が、学校に行っている人より『下』だと思っている中で、自分の苦しさをすらすら言うのは難しく、プレッシャーです。でも、経験者の語りにより、関心を持ってくれた人に『苦しさ』を知っていただく一つの手がかりになります」
苦しみを共有することの重要性は、実は「引きこもり」問題にも関連すると朝倉さんは話します。
「いま注目されるのは、親が高齢者になった40代や50代の引きこもりです。でも本当は、引きこもり始めた年齢から、40代50代になるまでには『間』があるはずなんです」
朝倉さんは、「間」が見過ごされる背景に、学齢期に支援が集中しがちという問題点を指摘します。
「18歳を超えると、社会の関心がとたんに失われます。『自分で責任を取れ』と。でも苦しさをわかってもらえたり、つながりさえあったりすれば、本人はかなり楽になるはずなんです。社会の理解と支援が不十分だから、本人たちが行き詰まりやすくなるんです」
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