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連載

#22 #まぜこぜ世界へのカケハシ

車いすとベビーカーユーザーが語った「自立求める社会」の寂しさ

車いすと、ベビーカー。それぞれの利用者が、鉄道を使う時に感じる困難さは、意外と似通っています。当事者たちの言葉には、自分と異なる境遇にある人との接し方に関する、ヒントが詰まっていました。(画像はイメージ)
車いすと、ベビーカー。それぞれの利用者が、鉄道を使う時に感じる困難さは、意外と似通っています。当事者たちの言葉には、自分と異なる境遇にある人との接し方に関する、ヒントが詰まっていました。(画像はイメージ) 出典: PIXTA

目次

 駅構内の階段に、列車のドアとホームの隙間や段差。車いすユーザーにとっては、移動の妨げになるものです。実は、ベビーカーでわが子を運ぶ親御さんにとっても、他人事ではありません。エレベーターが見つからない焦り。満員電車に乗り込む時の怖さ。立場を問わず、使いやすい公共空間をつくる上で、みちしるべになるものとは? 車いすとベビーカー、それぞれの利用者に語らってもらいました。「コミュニケーション」の大切さと、「自立を求める社会の寂しさ」について考えます。(withnews編集部・神戸郁人)

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座談会の参加者

【ベビーカーユーザー】  

 

平本沙織さん
1985年生まれ、デザイン会社の経営者。2016年6月に長男を出産した。子連れでも使いやすい公共交通機関の実現に向け、アンケート活動などを行う団体「子どもの安全な移動を考えるパートナーズ」代表。

 

永井知佳子さん
1977年生まれ、2児の母。東京都渋谷区の0-3歳の子育て世帯向けに、交流の場をつくるイベント「渋谷papamamaマルシェ」の実行委員を務めるとともに、区内の子連れ外出スポットを紹介した「渋谷子育てmap」を製作・配布している。

【車いすユーザー】
 

池田君江さん
1975年生まれ。2007年、勤務先の渋谷温泉施設で爆発事故に遭い、脊髄(せきずい)を損傷。車いすを使い始めた。その後は「心のバリアフリー」を広める活動を続け、2013年にNPO法人「ココロのバリアフリー計画」を設立。障害の有無を問わず、誰でも使える各種施設の情報をウェブ上で公開している。
 

藤井絵里奈さん
1984年生まれ。岡山県出身で、20歳の時に交通事故で頸椎(けいつい)を傷めて以降、車いす生活を送っている。

 

元「非当事者」が語らった

 4人は元々、ベビーカーにも、車いすにも縁がありませんでした。だからこそ、それぞれ利用者になってみて、初めて見えてきたものがたくさんあるそうです。

 今回のテーマは、駅と電車です。座談会中は、「移動の不便さ」「乗車時の不安」「当事者と非当事者のコミュニケーション」の三項目が話題に上がりました。

談笑する座談会の参加者たち=神戸郁人撮影
談笑する座談会の参加者たち=神戸郁人撮影

本当に動線が確保されているか?

 「駅や電車内を移動する上で困ること」について、口火を切ったのが平本さんです。子どもの送迎時に使う、ターミナル駅での出来事を披露しました。

daisan 保育園に通う2歳の子どもの送り迎えに、鉄道を使っています。園の最寄り駅には、いくつも改札口があり、場所によってはエレベーターがありません。うっかり階段しかない入り口を使ってしまうと、一度外に出て、横断歩道を渡り、別の改札から入り直さないといけないんです。
daisan エレベーターが見つかっても、改札口のある階に止まらず、困る場合もありますよね。デパートのエレベーター経由で、地下鉄に乗ろうとしたら、そもそも地下に行かないタイプだったことがあって。移動に手間取った結果、目的地への到着が遅れてしまいました。
永井さんは、ベビーカー利用者。列車の改札回に行くため、エレベーターを使う上で、苦労する場面があるという。
永井さんは、ベビーカー利用者。列車の改札回に行くため、エレベーターを使う上で、苦労する場面があるという。

 こうした不便さは、車いす利用者である池田さんも、日々感じているようです。

daisan 永井さんのお話には、とても共感します。エレベーターが使えたとしても、降りた階からは階段づたいでしか移動出来ない、という場合もありますから。そもそも、エレベーターや、車いすスロープの存在を示す表示自体、駅構内に少なくないですか?
daisan それは実感しています。もっと言うと、目の前にある「段差」はエレベーターなどで解消出来ていても、改札口や出入り口まで同じ状態になっているのかは、分かりづらいですよね。本当の意味で、動線としてつながっていない、という印象があります。
目の前にある「段差」の解消以外にも、取り組むべき課題があると語る平本さん。
目の前にある「段差」の解消以外にも、取り組むべき課題があると語る平本さん。

「マイナスをゼロに戻したい」私たち

 エレベーターの使い方も大きなテーマになりました。

daisan  最近はキャリーケースを引く人や、ベビーカーを押す人と、一緒にエレベーターを待つ機会が増えてきました。エレベーター内が狭い場合、先に中へ入られると、同乗出来るスペースがなくなってしまうことがあります。
池田さんは、事故で車いすが必要になってから、社会の様々な「バリア」に気づくようになったという。
池田さんは、事故で車いすが必要になってから、社会の様々な「バリア」に気づくようになったという。
daisan そういう時は並んだ順ではなく、より移動の選択肢の限られた人を優先するという考え方がありますよね。ベビーカーで家族で出かけた場合も、ベビーカーとそれを押す人以外はエスカレーターや階段を使ってもらう……といった形で。わずかな配慮が状況を変えるきっかけになると感じます。
daisan 今の話を聞いていて考えたことがあります。エレベーターって、生活をより良くするための「プラス」の道具ですよね。一方で私たちを始め、移動に困難が伴う人には、「マイナスをゼロに戻したい」という気持ちがあると思うんです。
「ゼロをプラスにしたい」「マイナスをゼロに戻したい」。その差は大きいと、平本さんは語る。(画像はイメージ)
「ゼロをプラスにしたい」「マイナスをゼロに戻したい」。その差は大きいと、平本さんは語る。(画像はイメージ) 出典: PIXTA
daisan そうした思いを実現する使い方と、便利さを追求することって、やっぱり違うように感じます。並んだ順にエレベーターに乗ることも、移動のしづらさという観点からすれば、平等じゃない。私自身、子どもがいなかった頃は、思い至りませんでしたが……。
daisan  車いすに乗り始めるまでは、私も同じでしたよ。意識すらしていなかった。だからこそ、異なる立場の人が抱える大変さについて、共有してもらう機会をつくるのが重要なんでしょうね。

何げない声かけに救われる人もいる

 続いて、車いす利用者の藤井さんが、乗車時に感じる不安を打ち明けました。

daisan  駅構内の移動もさることながら、列車に乗る時が本当に大変です。列車とホームの段差や隙間を埋めるには、スロープが不可欠。駅員さんに手伝いをお願いするのですが、ホーム上に姿が見えない場合、来てくれるまで待たないといけません。
駅員とコミュニケーションが取りづらい時、大きな困難を感じるという藤井さん。
駅員とコミュニケーションが取りづらい時、大きな困難を感じるという藤井さん。
daisan  そうなんです。駅員さんに声かけ出来ても、乗ろうとした列車が満員で、何本か見送らざるをえない場合もあります。そのため私は、目標の電車が出発する1時間ほど前には、駅に着くようにしています。
daisan  同じくです。あと、ラッシュは避けますよね。
daisan  乗車出来ないケースがほとんどですから。乗り始めはすいていても、途中駅から人が乗り込んできて、ギュウギュウ詰めになることだってありますし。周囲の乗客に押され、倒れ込んでくるのではと、恐怖を覚える時もしばしばです。
急いでいても、客が多い列車が来ると、乗るのを諦めざるを得ない場合も。車いす利用者が直面する現実だ。(画像はイメージ)
急いでいても、客が多い列車が来ると、乗るのを諦めざるを得ない場合も。車いす利用者が直面する現実だ。(画像はイメージ) 出典: PIXTA

 この言葉に、平本さんが反応します。

daisan 実は以前、似たような状況に関するツイートを見たことがあります。満員電車に乗る、ベビーカー利用者の母親についてのものでした。増える一方の乗客に向け、「赤ちゃんがいます、押さないで下さい」と呼びかけ続けていた……という内容です。
満員電車内では、人に押され、ベビーカーや車いすがひしゃげることもあるという。(画像はイメージ)
満員電車内では、人に押され、ベビーカーや車いすがひしゃげることもあるという。(画像はイメージ) 出典: PIXTA
daisan 車いすやベビーカーは、高さがない分、周りから存在が確認しづらいことがあります。当事者は、「そこに誰かいますか」などと尋ねてもらえるだけで、気が楽になるもの。居合わせた時には、少しだけ想像力を働かせてくれると、うれしく思います。

 特に通勤・通学中は、どうしても焦ってしまいがち。そういう時にこそ、周囲に気を配れるよう、気を配ることを忘れずにいられるとよさそうです。

「助けがなくても困らない」社会は寂しい

 参加者たちが、最後に向き合ったもの。それは「境遇が違う人同士が、分かり合うのに必要なこととは?」という問いでした。

daisan これまでのやり取りから、移動に困難を感じる人と、そうでない人がうまく関われていないのでは……と思いました。社会は「自立し、誰かの助けがなくても困らない人たち」によって構成されている。そんな意識を感じ取ってしまい、少し寂しいです。
daisan 当事者を支えたい、と考えてくれる人も、決して少なくはないと思います。その一方で、関わり方が分からない、という場合があるかもしれません。
daisan  そうですね。だから私は、講演会などで自分の体験を話す時、車いすやスロープを持って行きます。参加者にも、実際に体験してもらうんです。

 すると「今まで気にならなかったけれど、段差を越えるのって難しいんだ」などと気付きを得てくれます。車いすの人に声を掛けやすくなった、と言う人もいますよ。
過去に参加した、講演会の様子について話す池田さん(左)と、耳を傾ける藤井さん。
過去に参加した、講演会の様子について話す池田さん(左)と、耳を傾ける藤井さん。
daisan 素敵ですね! 私も友人や知人に、子どもの送迎を手伝ってもらうことがあります。一緒にベビーカーを押してみると、「この駅のエスカレーターは乗りづらい」といった感想を、自然に伝えてくれるようになるんです。
daisan 体験する、というのはいいですね。また、手伝い方がわからないなら、コミュニケーションを取ってみるということも大事だと思います。一人目の子どもをロンドンで産んだのですが、ベビーカーで駅に行くと、よく他の利用客が「大丈夫?」と話し掛けてくれました。
ベビーカーを使う親御さんにとって、ちょっとした声掛けが、大きな救いになることは多い。(画像はイメージ)
ベビーカーを使う親御さんにとって、ちょっとした声掛けが、大きな救いになることは多い。(画像はイメージ) 出典: PIXTA
daisan それはありがたいですね。ベビーカーには子どもだけではなく、色々な荷物を載せる場合が少なくありません。総重量は時に20キロを超えます。「便利なもの」に見えて、実は全然身軽じゃない。段差を乗り越えるのはほぼ不可能なので、声を掛けてもらえるだけでも救われますよね。
daisan  そのためには、当事者側も遠慮せず、誰かに助けを求めていくことが必要だと思います
daisan 確かに。子どもの送迎補助について言うと、独身で育児経験のない人にお願いしても、快く引き受けてくれるんです。こちらから意思表示すると、ちゃんと応じてくれるんだな、と驚きました。
daisan 私たちのような、育児中の人に働きかけていくのも、一つのやり方かもしれませんね。自らも移動する上で、大変な思いをしている人が多いですから。

 似た境遇にある人に対し、「助けたい」という意見を持ってもらいやすい気がします。彼ら・彼女らの子どもも、自然と人を助ける側に回れるのではないでしょうか。
悩みや思いを分かち合った4人。語り終えた時の表情は晴れやかだった。
悩みや思いを分かち合った4人。語り終えた時の表情は晴れやかだった。

違いの受容は、自らの身を助ける

 思いの外つながりが深かった、ベビーカーと車いすを使う人の悩み。共有する場をつくろうと考えたきっかけは、子どもが産まれたばかりの知人の言葉でした。

 「ベビーカーユーザーになってから、幅が狭い駅のホームが怖くなった」「毎日車いすに乗る人のすごさが、初めて分かったよ」――。育児の経験がない私にとって、とても印象的だったことを覚えています。

 何でもない段差や溝が、急に恐怖の対象になってしまう……。似たようなことは、人生のどの段階でも起こり得ます。突然のけがで外出しづらくなったり、老いによって緩い坂も上れなくなったり。「出来ない」という事実がもたらす胸の痛みは、想像を絶するはずです。

 異なる境遇にある人の痛みに寄り添う、というのは、簡単ではないかもしれません。

 しかし、座談会で指摘があったように、知ることから始まる交わりもあります。「私が同じ立場になったら……」。移動に手間取る車いすやベビーカーの利用者を前に、そう思い至れれば、おのずと次の行動が導き出されるでしょう。

 もちろん、そうした気持ちを抱けるまでには、時間が掛かります。だからこそ、他者に意識を向ける回数を増やしてみる。やがて心が「熟れて」くれば、自然に振る舞えるようになるのでは、と思うのです。

 世の中には、様々な人々が存在します。違いの受容は、自らの身を助けることにもつながる。その実感が広く共有されたときに、風通しの良い社会が立ち現れるのではないでしょうか。

 4人の対話を聴き、実現へ自分なりの一歩を踏み出したい、と感じました。

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