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「どんな魚も簡単にさばける包丁」作った原型師兼仏師の不思議な経歴
どんな魚も簡単にさばける――。そんな触れ込みの包丁を富山県の会社が製作し、売り上げを伸ばしています。作ったのは、銅像などの原型を手がけ、漁師経験もある「原型師兼仏師」の職人。銅像? 元漁師? しかも動機は「魚離れへの危機感」。いったいどういうことなのか。一品入魂でものづくりを突き詰める社長に話を聴きました。(朝日新聞富山総局記者・竹田和博)
「魚をさばくための仕組みを全て取り入れた」という1本。最大の特徴は、4種類の刃です。
これらを順に使うことで、大小を問わずに簡単にさばけるという寸法です。
開発したのは、富山県射水市の造型メーカー「TAPP」の丸山達平社長(42)。社員は、丸山さん夫婦と広報・営業担当の杉田慎一郎さん(27)の3人です。
本業は銅像や仏像の原型づくりで、丸山さんは「原型師兼仏師」の職人。趣味が高じ、ルアー開発やカヤックの販売なども行っています。
これまでに、東京都葛飾区の商店街近くなどに立つ、サッカー漫画「キャプテン翼」の主人公・大空翼たちの像や、JR亀有駅周辺の名物になっている漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所(こち亀)」の主人公・両津勘吉らの像の原型を手がけてきました。
そんな丸山さんたちが、なぜサカナイフを作ることになったのか。きっかけは、会社の代表的商品の一つ「ホタルイカ型ルアー」づくりが関係しています。
丸山さんは大学を卒業後、銅器のまち・富山県高岡市の鋳造メーカーに就職して腕を磨き、30歳で独立。銅像や仏像を手がける傍ら、釣り好きが高じて作り始めたのが、富山湾の春の味覚・ホタルイカ型のルアーでした。
丸山さんいわく、ホタルイカはエサとして「最上級」。とはいえ、本物ばかりを使うわけにもいきません。でも、「使いたいルアーがなかった」。そこで、腕を生かして自作することに。
最初は自分用で使っていましたが、周りから頼まれるようになって2005年から販売を始めます。クオリティーの高さから、07年にはUSBメモリーを扱う会社と組んでホタルイカの模型を組み合わせたUSBメモリーも製作。国内外で約9万個を売り上げました。
ルアーは数年おきにモデルチェンジを図り、本物に近い形もさることながら、とれたてに近い「リアルカラー」も追求。2013年には、漁の様子や水揚げ直後の新鮮なホタルイカを直接確かめたいと漁師になります。
サカナイフの原点は、この漁師時代にあります。丸山さんは、流通網や冷蔵技術が発達したにもかかわらず店頭で売れ残り、捨てられる魚を目の当たりにして「魚離れへの危機感」を抱いたといいます。
「いただいた命。ムダにしない一手を考えないと」
料理に切り身を使うことが増え、魚まるごとを調理する機会が減る中、「さばくことが出来ない人が増えているのではないか」。そう考え、調理のきっかけになる初心者向けの包丁づくりを思い立ちます。
一匹を無駄なく使うことが出来れば、料理の幅が広がって栄養素も豊富な上、生ゴミも減らせます。家庭で魚に触れる機会が出来れば、子どもたちの食育にもなる。そんな青写真が浮かんできました。
目指したのは、安全面と手軽さの両立。ヒレから手を遠ざけるうろこ取りの形状や、力の入れやすい角度を研究し、左右どちらが利き手でも使えるようにしました。
「作るからには、とことんこだわりたい」と、さびにくく折れにくい刃物を求めて全国の産地も回りました。行き着いたのが、刃物のまち・岐阜県関市でさびにくい包丁を手がけるメーカーでした。
2年がかりで完成にこぎ着けましたが、ニーズは未知数。市場調査と制作費集めを兼ねて昨年末にクラウドファンディングを行ったところ、目標の50万円を4時間で超え、最終的には約600人から700万円余りが集まりました。
「子どもがさばけるようになった」と動画を送ってくれた人もいて、「家族で一緒に使う姿を想像して作ったので、達成感があった」と丸山さん。
4月から本格的に発売を始め、使い方の動画もYouTubeで配信。注文は絶えず、これまでに3000本を売り上げました。
ネット上では、「研げるのか?」「さびたら終わり」など、耐久性に疑問の声もありますが、専用の研ぎ具(シャープナー)もちゃんとついています。
新色とナイフケースも用意し、9月から再びクラウドファンディングを開始。こだわりが詰まった商品を多くの人に使ってもらえるようにと知恵を絞ります。
「日本人の食文化は、魚と切っても切れない。サカナイフがそんな文化を守る一助になれば。富山のちっちゃな会社が、大きな夢を持ってやってることを知ってもらえたら」と丸山さん。
今回、作るだけでなく、商品の伝え方にもこだわる余地が大きいと感じたとのこと。
「物があふれ、流行り廃りが激しい時代。独りよがりと言われないように、信念を持ってどう伝えるか。類似品が出た時にどう戦うか。(SNSやYouTubeなど)使えるツールが色々あって、若い脳じゃないからついていくのは大変だけど、試行錯誤を重ねて活用していきたい」
もちろん、本業の銅像づくりにも余念がありません。
「キャプテン翼」の主人公・大空翼たちの像は、これまでに9体を作り上げ、「今まででぶっちぎりで難しかった。ポージングが独特な上、2次元を3次元にして全方向から見て分かってもらえるようにするのが大変」とのこと。
現在は、幕末に活躍した佐久間象山や坂本龍馬といった7人の偉人の像なども任されています。
「何百年も残るもので、手抜きは出来ない。腕で勝負する仕事である以上、(お客さんから)求められるように常に最高のクオリティーを出し続けないと。一生使い続けてもらえるものを作るのが、職人の役割」
最初は、サカナイフの物珍しさに食いついて取材を始めました。すると、掘れば掘るほど出てくる製作裏話の数々。しかも一筋のストーリーとしてつながっている。この部分もしっかり記したい、という気持ちが湧き上がってきました。
価値観や考え方、行動原理……。プロの生態を知るうちに、近くにこれほど熱く、プライドを持って仕事をしている職人がいることにワクワクしました。
今後も、丸山さんたちのような、地域で我が道を極めるプロのこだわりや技に迫っていきたいと思いました。
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