連載
仕事ない 「社内ニート」の日常を 詠んだらひらけた 新たな世界
学校でひとりぼっちだな、友だちがいないな。いまそう思っている人がいるかもしれません。大阪在住の歌人なべとびすこさんも、そうでした。人づきあいにおける小さな違和感を感じながら大きくなり、ある壁にぶつかります。「自分には価値がない」と思ったとき、出会ったのが短歌でした。(朝日新聞デジタル編集部記者・十河朋子)
【気持ちを表現する方法について様々な人に話を聞く、連載「表現しよう」。今日は全6回の最終回です】
――どんな小学生でしたか。
人見知りだったせいでクラスに友だちが少なくて、席替えや遠足の班分けのときに私だけ1人余ってしまうこともありました。先生の言ったことを聞き損ねたとき、普通に近くにいる子に聞けばいいのに聞けなかったり。
ただあのころは、友だちが欲しい、とも思っていなかった。友だちができれば楽しくなるというゴールがないから、この先がもっとよくなるとは思えませんでした。
――中学に進んだ後は状況が変わったのですか。
友だちはできましたが、違和感というか、気になることはたくさんありました。
たとえば人にあいさつするタイミングが分からないとか。大学に入って就職活動をしたんですが、50社ほど落ちました。やっと印刷会社に入ったものの、今度は仕事を振ってもらえなかった。やることがない。会社に行くたび「私には価値がない」と思っていた。「社内ニート」の状態でした。
――そんなときに短歌にであったのですね。五七五七七、三十一文字の世界です。
歌人の穂村弘さんのエッセーを読んで、救われました。
これまで感じてきた、世間と自分との感覚のずれのようなものが書かれていたんです。
さらに穂村さんの「はじめての短歌」も読みました。そこには、社会的に価値のないものや、しょうもないもの、弱いもののほうが、短歌の世界では価値があるんだということが書いてありました。
つまり普通の社会の基準と真逆なんです。それで、私にも歌が詠めるかもしれないと思いました。仕事がないという短歌を詠む人はあまりいないだろうと。
――5月に初めての歌集を出しました。つらい時のことを詠んだ歌を教えてください。
私の場合は家族との仲はよかったし、世の中にはもっとつらい人がたくさんいるのは分かってたから、こんなことでしんどくてすみません、っていう。
電話、本当につながらないんです。でもつながった人は、きっと何回もかけ続けた人なんだろうと。これは歌を見た人に言われたことですが。
子どものままただ大きくなっただけのような、大人になっても解決していないような、そういう歌です。明るい歌もありますよ。永遠にしんどいわけではないから。
――短歌を始めたことで世界は広がりましたか。
短歌つながりの知り合いは100人以上、顔も作品も認識している人は20人はいます。でも、必ずしも自分の歌を人に見せる必要はないと思います。自分が思っている伝わり方をするとは限らないので。
――作った歌を自分の中にとどめてもいいと。それなのに、なべとびすこさんが発信するのはなぜですか。
せっかく作ったので!
しんどいと思って書いたことに、共感してくれる人もいる。私は他の人の歌を見るのも好きで、ミュージシャンとしても活躍する福島遥さんの歌集「空中で平泳ぎ」を読んで「これは私か」と思いました。岡野大嗣(だいじ)さんの「サイレンと犀(さい)」もそう。おすすめです。
――短歌を作ってみようと思った人は、どうすればいいでしょうか。
歩いていたら急に「五七五七七が降ってくる」というイメージをもたれがちですが、実際はそうではないです。
作り方は色々ありますが、まずは気になったことや思いついたことをメモや文章の形で書き留めることから始めてみてください。五文字とか七文字とか、「五七五七七」の形にこだわらなくてもいいんです。私はスマホの日記アプリを使ってその都度メモしています。
それから詠みたいことを一個絞って「五七五七七」にあてはめていく。やるうちにリズムが染みついてくると思います。そうやって作った短歌をみんなで出し合う場はたくさんあって、私はこの夏は三つのTwitter上の企画に参加します。
――たとえばどんな感じでつくるのでしょうか。
たとえば「感情の葬式をする」と、これだけ思いついて書き留めました。
どんな風に思いついたかというと、「表情が死んでいる」という言い方があるので、ということは表情にも葬式があるはず。ついでに「表情」を「感情」にしてみようかと。
次に、この言葉を「五七五七七」のどこに入れるか考えます。「感情の」が五文字、「葬式をする」が七文字だから、頭の「五七」にするか。いや、強い言葉だから後半に持っていった方がいいな。じゃあ二つめの「五七」にして、前と後に言葉を入れていこう――。そういう具合に考えていくのです。
――つらい思いを抱えている人にメッセージを。
たとえば足が長い人は、段差があってもつまずかないし、段差があることにも気づかない。でも足が短い人はそのことを歌にできますよね。
音楽なら歌詞が普通でもアーティストがうまいとかで聴いてもらえますが、短歌は三十一文字しかないので、普通のことを普通に言っても見てもらえないんです。だから自分はだめだと思っている人、できないことや苦手なことがある人の方が短歌では強い。それが全部、短歌のネタに、武器になるからです。
私は詠むことで楽になりました。言葉にしたら自分の外に出て行く、みたいな。いまいる場所で言いにくいことも、短歌では言っていい。それが世に出て誰かの目に触れて、「おれと同じやわ」となる。しんどい人にこそ詠んでほしいと思います。
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