連載
孤⽴した転校⽣、クラスになじむきっかけは 自分さらけ出した作文
作文を書いてクラスのみんなに読んでもらう。それだけでちょっと前向きになれる、そんな活動を続けている学校があります。魚釣りの話から、自分の病気のことまで。自由に書いて、自由に言い合う。すると子どもたちがみるみる変わっていく。ツイッターやブログとはちょっと違う。「生活綴方(つづりかた)」の教室で起きた「奇跡」について紹介します。あなたも気持ち、言葉にしてみませんか?(奈良総局記者・宮崎亮)
【気持ちを表現する方法について様々な人に話を聞く、連載「表現しよう」。18日まで全6回でお届けします】
私(記者)がこんなことを書くのは、学校を挙げて「生活綴方」と呼ばれる作文教育に取り組む堺市立安井小学校(大阪府)に1年間、取材のために通い、子どもたちの変化を目の当たりにしたからです。
安井小では全校児童が毎月、自由題で作文を書いて文集にとじます。そしてそのうちいくつかをクラス全員で読み、感想を言い合う授業をします。もう13年間続いている取り組みです。
私が通ったのは3年前の6年1組。作文教育の中心を担う、勝村謙司先生(64)のクラスでした。
国語や算数といった普段の授業、給食の時間、学級会、文化祭や修学旅行まで取材しましたが、クラス作りにおいて勝村先生が大切にしていたのが、作文の「読み」の授業です。
1回の授業で2~3人の作文を取りあげます。授業の流れはこうです。
授業のにぎやかさにはいつも驚かされました。次々と手が挙がり、誰かが発言すればすぐに別の子がツッコミを入れます。共感的な意見も反論もありますが、とにかくみんな考えを率直に話します。勝村先生は、自分の思いはここぞという場面でしか言わず、基本的に司会役に徹していました。
さて、作文を書き、「読みの授業」をすることが、子どもたちにどのような効果をもたらすのか。2人の転校生のことを紹介します。
6年生の4月に転校してきたイッセイ君は、前の学校で周りの子とぶつかってクラスで孤立し、休みがちでした。安井小に転校してからも友だちともめ、周りの子もどうつきあっていいものか戸惑っていました。
そんな時、勝村先生はあえてイッセイ君の作文を授業で取りあげました。
5月の体育大会で応援団長を務め、徒競走でもがんばったことを書いた作文です。勝村先生は、体育大会後しばらく学校を休んでいた彼のことを、クラスみんなに理解してほしいと考えていたのです。
勝村先生は授業の最初、イッセイ君の母親から伝え聞いた話をクラスみんなに伝えました。
授業では、イッセイ君のがんばりをたたえる意見が続きました。この授業をきっかけに、イッセイ君に勉強を教える子が出てきたりと、少しずつ周りの子の接し方が変わってきました。
10月に転校してきたケント君も最初は周りの子とけんかしてばかりでしたが、修学旅行の後に書いた一つの作文が変化のきっかけとなりました。
大半の子が旅行のことを書く中、ケント君だけは趣味の釣りのことを書いてきました。20字詰め原稿用紙でたった7行でした。
それを授業で取りあげると、同じ釣り好きの男の子たちとの会話が盛り上がり、ケント君がクラスになじむきっかけとなりました。
作文の授業では、その時間、書いた子がクラスの主人公になります。自分のことを周りの人に知って欲しいという気持ちは、大人にも子どもにも共通するものだと思います。
自分が自分と向き合って一生懸命書いた作文を、周りの友だちが読んでくれ、共感してくれる。どの子も自分の作文が取りあげられる授業では、うれしそうな顔をしていたのをよく覚えています。
もう一つ、10年前の5年生、朝田愛梨さんと原田健(たけし)君のことを紹介します。
愛梨さんは脊髄(せきずい)の難病で幼い頃から車いす生活を送っていました。勝村先生は5月の授業で、愛梨さんの作文を読み上げました。
愛梨さんは小3で完治しないことを知らされて、「こんな風に生まれたくなかった」と荒れました。小児病棟で一緒に過ごした友だちを亡くす経験もし、お母さんも「この子は生きること死ぬことについてずっと考えてきた」と言います。
そんな愛梨さんがやがて現実を受け入れ、医師になるという目標をクラスのみんなに宣言したのが、この作文だったのです。
勝村先生がこの作文を読み上げるのを、涙を浮かべて聞いていたのが中国出身の健君でした。中国人のお母さんが日本人のお父さんと再婚して来日したのですが、日本語が不自由でクラスになじめずにいました。
友だちと一緒に外で遊べなくても、いつも明るく元気な愛梨さんのことを「すごい」と思っていた健君。彼女がこの作文を書いた翌月、「中国のこと」という作文を書きました。
まだ拙い日本語でしたが、ふるさとの自慢を原稿用紙いっぱいに書きました。それからは言葉の間違いを恐れなくなり、愛梨さんと共に、クラスの中で積極的に発言するようになったそうです。すると2人に触発されて、クラス全体が意欲的になりました。
愛梨さんは20歳になったいま、大学の医学部を目指して勉強中です。
「患者さんが何でも打ち明けられる、家族のような医師になりたい」という夢は、小学生の頃から変わりません。
「つらいことがあったり、目標が揺らいだりしたときはいつも、あの作文を思い出していました」と言います。
同じく20歳になり、社会人としてがんばっている健君は、ゆくゆくは起業するのが夢だそうです。
「大金持ちになりたいんじゃなくて、家族に不自由させないくらいの成功がしたい。家族に頼られるような人間になりたいんです」
勝村先生は「小学校時代に自分と向き合って作文を書いたこと、その作文を周りの友だちに読んでもらって勇気づけられたことで、2人は一歩前に進むことができたんじゃないかと思います」と言います。
今年2月、安井小のことを書いた「こころの作文 ~綴り、読み合い、育ち合う子どもたち~」(かもがわ出版)という本を、勝村先生との共著で出版しました。1年間の取材を元に書いたルポや、歴代の卒業生たちの物語、そして子どもたちの作文をたくさん紹介しています。
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