連載
不登校をセパタクローが救う!?異色の小説、作者の「過去」
この夏、ちょっと不思議な設定の小説「セパ!」がポプラ社から刊行されました。昨年の同社「ズッコケ文学新人賞」の大賞受賞作です。主人公は、劣等感のカタマリ、自信なし、コミュ力なしの男子中学生です。学校に行けなくなっていたある日、東南アジアの伝統スポーツ「セパタクロー」に出会い、前に進み出します。作者はしんどくて仕事を休んでいた時期をきっかけに、この物語を書き上げました。「逃げるのもアリと思ってもらいたい」と言います。
主人公の翔(かける)は、なんでも万能な兄と、学校でも家庭でも比べられ、「劣等感」を抱えていました。兄がいるサッカー部を避けてバレーボール部に入ったものの、ここでも先輩にいじめられる日々。あることがきっかけで、学校に行けなくなり、自分の部屋に長期間、引きこもります。
作者の虹山さんも、以前、別の仕事をしていたとき、ストレスから体調を崩して職場に行けなくなった経験があります。1人で鬱々(うつうつ)としていました。
気分転換がしたいと思ったとき、小学生のころ、一時期は毎日のように書いていた小説を、もう一度書いてみようと思い立ったそうです。
「物語を書き始めたときは、翔が自分自身のようでした。しんどくて、お休みをして。とりあえずこれでいいんだ。しんどい時は逃げていいんだ、というメッセージを出したかった」
スポーツの話を書きたい――。虹山さんは、物語の題材を探して、セパタクローの動画を見つけました。選手が軽々と飛び上がり、バレーボールのように、ネット越しに足でスパイクを打ち合う「空中の格闘技」とも言われる姿に、「かっけえええええ! これしかない!」と思ったそうです。
翔も、家族に気づかれないように部屋を抜け出し、体を動かすため公園に通っていたある日、謎の小学生と出会って、セパタクローを紹介されます。「全身の血が沸騰するような」興奮を感じました。プラスチックでできたカゴのようなボールでパスやリフティングの練習をしながら、顔がにやけます。
虹山さんが好きなシーンがあります。ようやく自分の居場所と思えるセパタクローに出会った翔でしたが、また、周りの目を気にして練習に行けなくなってしまいます。1人で練習していたときの場面です。
この後、翔は自転車に飛び乗り、練習場に向かって走ります。虹山さんは「そこからの爽快感。書いていて楽しかった。人の目よりも自分の気持ちを大事にし始めた瞬間だからだと思います」と言います。
セパタクローと出会って、変わっていく翔。コミュニケーションが苦手なのに、仲間を集めるため人に声をかけ、練習場所を確保しようと奮闘します。
「翔は逃げまくるわけです。でも翔を見て、ちょっと『かっこいいな』というか、『これはこれでありだな』と思ってくれたら良いと思います」と虹山さんは話します。
もともと仕事などで子どもと出会う機会がたくさんあった虹山さんは「私は、子どものうちが一番しんどいと思っています」と言います。
幼い頃の虹山さんは、ときどき、「私って、浮いている?」と感じるような、なじめなさがあったと言います。翔と同じく、万能な兄がいて、虹山さん自身は普通にしているだけなのに周りにがっかりされる、そんな自分にがっかりすることもありました。自信がないときや、失敗したときに、そのときの気持ちが頭をもたげてきます。
虹山さんは「周りはつい『がんばりなさい』とか、『もうちょっとやれるんじゃないの?』って声をかけてしまう。でも子ども自身は、みんな必死なんです。何も考えていなさそうに見えても、本当は親にはちゃんとほめてもらいたいし、自分は学校でうまくやれているって思いたいから」と話します。
物語の終盤、翔はまた、過去のトラウマがよみがえり、再び部屋から出られなくなってしまいます。
そんな時、セパタクロー仲間がかけた言葉があります。
虹山さんは、翔のような子どもたちに呼び掛けます。「友だちでも、大人でも、電話相談でもいい。信用できる人を見つけて、話をして。きっとわらわず、しからず、ただ話を聞いてくれる人がかならずいます。もしがっかりするような答えが返ってきたとしても、少なくとも、人に相談できた自分は、前の自分よりパワーアップしているはずです」
虹山(にじやま)つるみ
山口県出身、広島県在住。中学ではバレーボール部に入るが、部活の厳しさに一度はスポーツを嫌いに。
その後、再びスポーツが楽しめるようになり、スポーツ観戦が趣味になる。ウクレレの演奏や絵を描くことも好き。「セパ!」がデビュー作となる。
セパタクローは4年に1度のアジア版オリンピック、アジア大会の公式種目になっており、今夏、インドネシアで熱戦が繰り広げられる。
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