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2018年07月18日

日本初のムスリム霊園、実は山梨だった! 建設の裏、奇跡のお告げ

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1960年代に埋葬された日本ムスリム協会の役員らが眠るイスラーム霊園(旧墓地)=2016年11月、甲州市塩山牛奥

1960年代に埋葬された日本ムスリム協会の役員らが眠るイスラーム霊園(旧墓地)=2016年11月、甲州市塩山牛奥

出典: 朝日新聞

 突然ですが、山梨県にまつわる話をお届けする「山梨フカボリ特集」を始めました。今回は「イスラム教徒(ムスリム)の墓地」についてです。実は、山梨には日本初のムスリム霊園があります。モスク(イスラム教礼拝所)のある神戸や東京に墓地があるのなら分かるけど、ムスリムが多いとも思えない山梨になぜ? 「イスラーム霊園」について調べてみました。(朝日新聞甲府総局記者・平畑玄洋)

2000年に新たに造成されたイスラーム霊園(新墓地)=2016年11月、甲州市塩山下萩原

2000年に新たに造成されたイスラーム霊園(新墓地)=2016年11月、甲州市塩山下萩原

出典: 朝日新聞

<日本国内にいるムスリム人口>
早稲田大学の店田廣文(たなだ・ひろふみ)教授(アジア社会論)によると、2016年末時点の推計で約17万人。内訳は外国人ムスリム約13万人、日本人ムスリムが約4万人といいます。

棚田のように広がる墓地

 果樹園に囲まれたフルーツラインを車で北上し、甲州市塩山の恩若峯(おんじゃくみね)(983メートル)の中腹に向かいました。標高約500メートル。眼下に甲府盆地、遠方に南アルプスを望む風光明媚(ふうこうめいび)な場所です。

 曹洞宗の寺院「文殊院」から坂を上がったところに「イスラーム霊園」の看板がありました。山の斜面を仰ぐと、棚田のように広がる墓地。様々な形の墓石は仏教寺院のものと比べ、総じて小さく見えます。漢字で刻まれた日本人の名前や、アラビア文字とカタカナを併記したパキスタンの人名が読めました。


日本ムスリム協会が管理

 「もっと上の方に古いお墓があります」。文殊院の古屋和彦住職が案内してくれました。

 チェスの駒のような墓石が二つありました。1963年に埋葬された日本人ムスリムの墓のようです。古屋住職は「子どもの頃は今ほど広く整地されておらず、雑木林の中に変わった形のお墓が忽然(こつぜん)と現れたので不思議に思った」と話します。

 霊園を所有・管理しているのは東京の宗教法人「日本ムスリム協会」。日本人ムスリムの互助会として52年に発足しました。成り立ちを知りたいと思い、元会長で理事の樋口美作(みまさか)さんを訪ねました。

 樋口さんによると、協会は設立当初、戦時中にアジア各国で情報収集などに従事した日本人ムスリムや学者たちで構成されていました。

 山梨とイスラム世界の間を取り持ったのも、中国大陸で活動した須田正継(1893~1964)という人物でした。現在の山梨県笛吹市一宮町出身。ロシア語にたけ、中国や中央アジアの民族や宗教に精通し、「イスラム教のことなら須田に聞け」と言われたそうです。

モスク *画像はイメージです

モスク *画像はイメージです

出典:https://pixta.jp/

パキスタン宣教団との交流がきっかけ

 古屋住職から借りた文集「国士 須田正継先生」を読むと、パキスタンの宣教団が56年、布教のため初来日した際、頼りにしたのが須田でした。

 戦後生家に戻っていた須田の尽力で宣教団は59年、日本ムスリム協会の創立メンバーらとともに甲州市塩山の恵林寺を訪れ、文殊院にも1週間滞在。この時の交流がきっかけで文殊院とムスリムとの絆が生まれ、後の霊園建設につながったといいます。

 不思議な話も聞きました。宣教団を受け入れた先代住職の故古屋正明さんが、宣教団の訪問より3カ月前に「アラビア方面より大勢の来客がある。丁重に接待せよ」とのお告げを受け、お札の裏に書き留めていたといいます。

 この話を宣教団の1人が聞き、「奇跡の寺」として母国に紹介したため、その後もムスリムの訪問が続いたようです。

宗教や宗派を超えて

 なぜ仏教寺院が受け入れたのでしょうか。

 古屋住職によると、先代の正明さんは「宗教はみな同じ」との考えから、かねて宗教や宗派を超えて交流していました。

 その後日本ムスリム協会の創立メンバーの高齢化に伴い、「文殊院の隣接地にムスリム霊園を設けたい」と持ちかけられました。正明さんは地域住民に呼びかけ数年かけて用地を確保、国内初の専用霊園ができました。62年に最初の埋葬がありその後土地登記も完了しました。

お祈りをする男性 *画像はイメージです

お祈りをする男性 *画像はイメージです

出典:https://pixta.jp/

「心休まる居場所」

 イスラム教では火葬が許されません。日本の墓地埋葬法は土葬を禁じていませんが、都市部などで条例で禁止している自治体があり、霊園の整備は母国へ遺体を持ち帰ることが困難な外国人ムスリムからも熱望されていたといいます。
 
 国際結婚をしたムスリムの女性(70代)に話を聞きました。技術者だったイラン人の夫(享年60)は、塩山の霊園に眠ります。夫は生前、霊園を訪れ、景観や住職の人柄にひかれていました。

 女性は月に1度はお参りし、墓石をたたいて挨拶(あいさつ)した後、話し込みます。

 「うれしいにつけ、悲しいにつけ、お参りしてきました。実家や先祖の墓も近く、心休まる私の居場所です」

取材を終えて

 山梨にムスリム墓地がある? ムスリムの多いマレーシアやインドネシアで学生時代にホームステイした経験がある筆者は不思議に思いました。東南アジアでは1日に5回の祈りを欠かさない敬虔(けいけん)なムスリムの姿をよく見かけましたが、山梨では観光客以外でそのような信者に出会うことはめったにありません。

 しかし調べてみると、世界に目を見開いた2人の人物が、国や宗教の枠を越えて二つの文化圏を橋渡ししていました。国内では土葬を快く思わず、周辺住民が墓地の建設に反対する例もあります。山梨では人望のある先代住職が説得して開設にこぎ着けました。

 武田信玄の「人は石垣」という言葉さながら、人が重要な役割を果たし、ムスリムに死後の安住の地をもたらしました。眺望の良い墓地に上ると、かかわった人たちの心意気と思いやりを感じ、気持ちも晴れ晴れとします。


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