連載
#1 山梨フカボリ特集
山梨ってなに地方? 日本郵便は「関東」だけど……県庁でも話題に
突然ですが、山梨県にまつわる話をお届けする「山梨フカボリ特集」を始めます。初回は「山梨が属する地方」についてです。インターネットで郵便番号や天気予報、店舗情報などを調べる際、山梨の情報がどの地方の欄に載っているのかまちまちで、とても気になっていました。関東、中部、甲信越……。いったい山梨はなに地方なんですか?(朝日新聞記者・北見英城)
まずは、企業のサイトを見てみました。
日本郵便の「郵便番号検索」のページでは、東京、茨城、神奈川、栃木、千葉、群馬、埼玉と一緒に並んでいて「関東」に分類されています。
一方、みずほ銀行の店舗検索では「関東」の欄に山梨はありません。探してみると「北陸・甲信越」の欄に見つけました。
それぞれどのような理由で区分しているのか広報担当者に聞いてみましたが、「昔から社内で山梨は関東地方に含まれていた」(日本郵便)、「甲信越地方に所属しているため」(みずほ銀行)という答え。
平行線のようです。
いったいどちらの地方に分けるのが妥当なのでしょうか。「ならば」と、日本全国の地形図を作成している国土地理院(茨城県)の広報広聴室に聞いてみました。すると、衝撃の答えが。
「国土地理院では地方の区分けはしていない」
というのです。なお、山梨を所管するのは関東地方測量部といいます。
正式な地方区分がないためか、山梨県庁の各課が出席するブロック会議も関東や関東甲信越、静岡を加えた関東甲信越静などまちまちです。中部地方で集まる講習会に出席している課もあるそうです。
広聴広報課の担当者も「職員の間でも山梨って『なに地方』なんだろうねって話になるよ」と笑います。その上で、首都圏整備法という法律を教えてくれました。
地域創生・人口対策課に詳しく聞いてみると、この法律では「首都圏」について「東京都の区域及び政令で定めるその周辺の地域を一体とした広域」と定めています。その施行令には具体的に「埼玉県、千葉県、神奈川県、茨城県、栃木県、群馬県及び山梨県」としています。首都圏ではあるようです。
ただ、「なに地方」を定めているわけではありませんでした。
ここまで調べて、ふと思いました。「小学校のころの教科書で地方を色分けしていなかったっけ?」
2015年に教育出版から発行された「小学社会3・4下」を見てみました。すると、「日本の都道府県の区分」という地図が。そこには、東京と山梨の間に線が引かれています。東京側は「関東地方」、そして、山梨側は「中部地方」と書かれていました。
山梨大学で地理学を専門としている尾藤章雄教授のもとを訪ねました。尾藤教授は「小学校の授業に甲信越というくくりはありません。高校を出るころまで、山梨の子どもたちは『中部地方の山梨県』と思っているのではないでしょうか」と説明してくれました。
尾藤教授によると、もともと「関東」という言葉は「関(せき)の東」を意味します。江戸時代になってから、関は東海道の箱根(神奈川県)を指すようになりました。また、中山道には碓氷(群馬県)に、甲州街道には小仏(東京都)に関があったといいます。
こうしたことから尾藤教授は「歴史的に見て山梨を『関の東』と考えるのは難しい。ただ、東京とつながりが強いから首都圏にも含まれたし、『関東に含まれたい』という県民の希望もあったのではないでしょうか」と分析します。
そういえば、以前、県立博物館(笛吹市御坂町成田)で見た展示を思い出しました。「甲斐国」の語源は「交(か)ひ」という説があり、山梨は古くから人や物の交流が盛んだったという記述です。もしかしたら何か関係があるのかもしれません。
学芸課の担当者に尋ねると、「歴史的に見て山梨は周りの県から『うちの仲間だよね』と思われやすい場所なんです」。
どういうことでしょうか?
担当者によると、奈良時代に日本全国で道が整備された際、山梨より北側に東山道(中山道)、南側に東海道が通りました。山梨には東海道から分岐した道が通り、東山道に抜けることができたといいます。「東海道を伝ってくる情報が東山道に抜けていく。それぞれのルートが交わるところが山梨でした」
戦国時代には、周りが山に囲まれていて外から攻めにくい一方、東西南北に目を向けられるため、「武将みんながほしがる土地」だったといいます。
結局、山梨は「なに地方」とくくることはできませんでした。そんなあいまいさが山梨のいいところかもしれません。
仕事で初めて山梨に住むことになった私にとって、「山梨はなに地方か」というのはずっと疑問でした。
教科書の関東地方に山梨はなかったはずなのに、高校野球で出場するのは関東大会。衆院選比例は南関東ブロックで、東京から山梨まで鉄道はJR東日本の管轄です。なら、関東なのかと思うと、高速道路の中央自動車道は、中日本高速道路の管轄です。
実は前から山梨に住んでいる人にとっても疑問だったようで、取材をしていると「確かになに地方なんだろうね」という声をたくさん聞きました。そのうちに、だんだん話は山梨の歴史的な背景にまで及んできて、改めて「取材って面白いな」と思いました。
甲府からはどの方向を見ても山が見えます。四方を山に囲まれていると「閉鎖的だな」と思うことすらありました。けれども、実はいろんな地域とつながっていた「交ひ」の国だったと思うと、そんな風景も違って見えてきた気がしました。
1/6枚