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「学校の軍事利用」反対しない日本 高校生が防衛省に「調印」直談判
シリアで、アフガニスタンで、戦争をするために学校が使われていることを知っていますか。軍や警察、あるいはテロリストたちが「基地」代わりに使う目的で子どもたちを追い出し、授業ができなくなっている学校が世界中にあります。これを止めようと国際社会がつくった文書に、日本は署名をしていません。そんな状況をなんとか変えようと取り組んでいる高校生たちがいます。(朝日新聞国際報道部記者・軽部理人)
学校が軍やテロリストに狙われるのは、頑丈につくられているからです。国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」によると、占拠される学校は都市部から離れた郊外にあるケースが多いとのこと。郊外には頑丈で大きな建物が、学校の校舎以外に少ないからです。
狙われた学校の教師や生徒は追い出され、教室が拷問場に、校庭が射撃訓練場にされるなどしています。
国連児童基金(ユニセフ)などによって運営されている「教育を攻撃から守る世界連合」(GCPEA)の調査によると、2013~2017年にかけて、シリアやリビア、アフガニスタンやコンゴ民主共和国など世界29カ国で、学校が軍事利用されていました。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査によると、たとえばアフガニスタンのバグラン州にある村では、反政府勢力タリバーンが占拠していた中学校を2015年に政府軍が奪い返しました。ところが、1階で生徒が授業を受けるにも関わらず、2階に土嚢を積み上げたといいます。
学校関係者は、当局に軍隊の撤収を命じる手紙を書いてもらいましたが、指揮官はこれを無視。生徒の試験期間中に再びその手紙を提示すると、教師や生徒が集まっていた方向に向けて士官たちが発砲することもあったそうです。
アフガニスタンでは他にも2018年4月、南部のカンダハル州で爆弾を積んだ車が爆発し、小学校の校舎を破壊。子ども11人が死亡しました。
また、内戦中のシリアでは2017年10月、首都ダマスカス近郊の東グータ地区で、幼稚園が空爆を受けた映像が撮られていました。アサド政権軍による攻撃だと考えられています。長引く戦闘で、シリアでは学校に通う年齢の子どもたちも数多く犠牲になっています。
戦争だからと言って何をしてもいいわけではありません。たとえば虐殺や、相手に過剰な苦痛を与える武器を使うことなど、やってはいけないことをまとめた「国際人道法」という国際的なルールがあります。
この中で学校への攻撃は禁じられています。ですが、学校の軍事利用を明確に禁じる規定はありませんでした。
そこで、それはやめるべきだと考える国々が集まり、「学校保護宣言」を出しました。2012年につくり始め、2015年にノルウェーの首都オスロで37カ国が調印。「開校中の学校使用の禁止」、「学校の意図的破壊の禁止」などを定めました。
現在は74カ国が調印し、主要7カ国(G7)ではフランス、カナダ、イギリスが参加しています。ところが、日本は宣言文の起草に関わったのに、調印していません。
学校保護宣言は、「開校中の学校や大学を軍事利益のためにいかなる形でも使用してはならない」としています。
日本の外務省や防衛省は、「有事になった際は学校を使用することがあり得るため、調印することはできない」としています。同じような理由でアメリカなども反対しています。
そんな日本政府に調印をしてもらおうと活動しているのが、かえつ有明高校(東京都江東区)の「がっこいっしょ隊」です。
「がっこいっしょ」とは、「どっこいしょ」というかけ声と、「学校で一緒」とのフレーズを掛け合わせた造語。2018年2月に結成し、高1~高3の男女21人が学校の軍事利用について書かれた記事や文献を学んでいます。
目標は学校保護宣言をより多くの人に知ってもらい、日本政府に調印を働きかけることです。
共同リーダーを務める小林妃奈さん(17)は、授業で学校の軍事利用について初めて知りました。それまで、戦争で学校を奪われるなんて考えたこともなかったといいます。
「学校は勉強して、友達と仲を深め合って将来を語り合う場所。お互いの意識を高め合う友達がいたし、尊敬できる先生もいた。学校は本来、そういう場所。射撃訓練をしたり拷問したりする場所ではありません」
ホームページをつくり、フェイスブックやツイッターなどで発信。ネットのほか、街頭にも立って署名を集めました。長崎県や沖縄県の高校生たちとの連携も進めています。
メンバーの坂井佑一郎さん(16)は、シリアの荒廃した学校にたたずむ10歳ぐらいの男の子の写真が頭から離れないといいます。同じ年頃の弟がおり、「もし立っているのが自分の弟だとしたら、そんな苦しみは味わってほしくない。いても立ってもいられなくなり、隊に参加しました」。
2018年5月には、計2000人以上から署名を集め、防衛省の職員に渡しました。「教科書が当たり前にある環境が、世界中の学校で当たり前になってほしい」。共同リーダーの桶谷里緒さん(18)はそう伝えました。
残念ながら、今のところ日本政府が学校保護宣言に署名をする見通しはまったく立っていません。
ですが、隊は今後も日本政府に対する働きかけを続けるとのこと。自分たちで勉強会を開いたり講師を呼んで講演会を開いたりするそうです。
次は外務大臣に署名を渡すことを目標としています。
隊員たちは言います。「私たちは微力だけど、無力ではありません」
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