IT・科学
「あ」アート、触ると「あぁ」「あ゛」「あ!」制作者の日本語愛
日本語の「あ」について、アート作品があります。センサーが埋め込まれ、触り方によって「あ」の音が変わるというもの。たたけば怒った「あ」に、やさしくなでると和んだ「あ」に。最先端の技術を使いながら、どこかアナログな雰囲気も。「『あ』の音には日本語の表現が凝縮されている」という制作者に、作品への思いを聞きました。
くっそ笑った展示。同じ東京ビッグサイトで開かれている「#コンテンツ東京」で。間違っても、真面目なオフィスなどで再生しないように。 pic.twitter.com/0U4F3bgSCm
— 丹治吉順 a.k.a. 朝P (@tanji_y) 2018年4月5日
作品名は「あ」。見たまんまですね。
4月4日から6日まで、東京・有明の東京ビッグサイトで開かれたコンテンツビジネス総合展「コンテンツ東京」内の「先端デジタルテクノロジー展」で展示され、来場者に大人気だったアート作品です。
この作品の狙いは何なのか、どのようにして作ったのか。出品したnon-classic社(福岡市)の穴井佑樹代表取締役にくわしい話をうかがいました。
「あ」の誕生は2012年、穴井さんが大学の修士課程在籍中に研究室のメンバーで制作したそうです。
意図したのは、日本語の多様性や表現の豊かさをあらわすこと。調べるうち「あ」という音の特別な役割に気づきました。
「相づちを打つとき『ああ』というし、怒ったときには『あぁん!?』とすごむ。悲しいときは『ああ!』と嘆く。『あ』だけで喜怒哀楽の全部を表現できます。日本語の表現が『あ』の音に凝縮されているんじゃないかと考えました」
同じものを自分が操作。いじくり回しながら横隔膜の激しい震えを抑えきれず、かなりブレてます。「福岡県Ruby・コンテンツビジネス振興会議」での展示。福岡市博多区のnon-classic株式会社の作。 pic.twitter.com/iG8QtEAku9
— 丹治吉順 a.k.a. 朝P (@tanji_y) 2018年4月5日
この「あ」、多くの人は最初は面白がって触ります。なでると気持ちよさそうに「あぁぁっ」と息を漏らし、指先を深く押し込むとツボを押されたように「あーっ!」とうなります。
「面白がっているうちに、いま返ってきている『あ』の声って何だろう? どんな気持ちなんだろう? と、ふと感じてもらうのが狙いです」と穴井さんは話します。
外殻はシリコンで、中は空洞。押し込んだときの距離を測るセンサーと、振動を感じ取るセンサーの2種類が内側にあり、押し込み速度などによって「つっついている」「なでている」などを識別します。
瞬間的にピークが立ち上がるのは、たたいたときとみなすよう、感度や判断の仕組みを作り上げています。
驚くのは「声」の作り方。
「あれ、全部、人の声を録音したものなんですよ」と穴井さんは苦笑します。そのパターン、実に400種類。知り合いの役者さんに頼んで、全部録音したのだそうです。
「最初はたしかに合成音声を使ったりもしたんですが、微妙なニュアンスの変化が出ないんですね。そこでもう『これは録音するしかない』と」
役者さんにどんな声を出してもらうか、その準備も大変だったようです。
「人数を忘れてしまったんですが、相当な数の被験者さんに依頼して、どんな触り方をしたら、どんな『あ』の声を出すものなのか、データを集め、そこから400種類を選びました」
つまり、録音したのは400種類ながら、その手前で集めた「声の種類」のサンプルはさらにそれ以上だったということです。大変なアナログ的努力です。
「この『あ』は、人が触れているうちに学習して反応が変わるようになっています」と穴井さん。たとえば指で軽く突いたとき、最初はちょっとびっくりしたような「あ?」という声ですが、何回も繰り返すとだんだん気持ちよくなって「ああ~」と深い声を出します。
「触り方によって正の感情と負の感情を分類してマッピングしています。たたき続けると、当然ながら負の感情が蓄積します。1回たたいただけだとびっくりしたような声だけど、何回もたたくと『本当にやめろ』みたいな怒気が含まれるようになります」
これまでに美術館などでアート作品として何度も出品しており、賞も獲得してきました。しかし、「単なるアートだけでなく、商品としても生かせる素材だ」という意識もありました。
「おもちゃには確実に使えるはずです。ほかにも、知り合いの訪問介護士の人が『失語症の人が使うのにも適している』と話していましたし、思わぬ活用法がいろいろあると思います」
コンテンツ東京はビジネスの場でもあります。実際におもちゃメーカーなどからの商談が複数あったということです。
まずイメージしているのは、「あ」だけでなく、五十音全部をそろえ、幼児が触って文字を覚えるおもちゃ。
「そのときにはもっと優しい声になりますね」
穴井さんは、そういって笑います。
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