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アンドリュー君の心境は…ハリケーンの名前、ご本人の「お気持ち」
アメリカ南部のフロリダ州を直撃したハリケーン「イルマ」。「大西洋史上最強」と呼ばれ、大規模な被害をもたらしています。数日前には、ハリケーン「ハービー」が同様にアメリカ南部のテキサス州を襲っていました。「イルマ」も「ハービー」も、アメリカではよくある人の名前。一体なぜ、アメリカのハリケーンには人名が使われているのでしょうか? 名付け親の世界気象機関(WMO)に聞いてみました。(朝日新聞国際報道部記者・軽部理人)
20年以上前の私事で恐縮ですが、幼い頃にアメリカ東部に住んでいました。1992年の夏、大型のハリケーン「アンドリュー」がアメリカの南部で猛威を振るっていたため、当時のテレビは「アンドリュー」報道一色だったことを覚えています。
「アンドリュー」は、アメリカではとってもよくある名前。私の友達にもアンドリュー君がいました。
ハリケーンの名前は、スイスに本拠があるWMOの専門部会がつけています。A~W(QとUを除く)の男女の人名21個を「名前リスト」として、同様のリスト6組を6年周期で使用。例えば2018年の最初のハリケーンは「アルベルト」(Alberto)と名付けられる予定で、「アルベルト」は2012年と2006年にも、名称として使われました。もしも21全ての名前を1年で使い切ったとすると、ギリシャ文字の「アルファ」「ベータ」……とつけられます。
リストには「マイケル」や「アレックス」など、日本人になじみのある人名も入っています。日本で言うと「太郎」や「花子」が、台風の名前となる感覚でしょうか。うーん、なかなか想像しづらい……。
「ハリケーンに人名をつける最も大きな理由は、人々にハリケーンを周知して心にとどめてもらい、安全確保に努めてほしいからです」
そう解説してくれたのは、WMOの広報責任者であるクレア・ノリスさん。「ハリケーンに数字をつけて使っていたこともありますが、数字よりも人名の方が人々の記憶には残りやすいと気づきました」と話します。
ちなみにハリケーンの被害が大規模だと、「同様の名称を今後使うことは不適切」として、リストから削除することもあります。2005年にアメリカ南部のルイジアナ州などを直撃し、約1800人の死者を出したハリケーン「カトリーナ」は、削除された事例の一つです。
それにしても、ハリケーンの名称と同じ名前を持つ人からすれば、複雑な気持ちになってしまうのでは、と思ってしまいます。ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)は、アメリカのワシントン州に住む「ハービー」と「イルマ」という実在する夫妻が、「どうしてこういう状況になったか分からない」と戸惑っている声を載せています。
ノリスさんによると、昨年発生したハリケーン「マシュー」では、同じ名前のマシューさんから「自分の名前と同じで不謹慎だ」との抗議があったとのこと。しかし一方で、ほとんどの人は「ホラー映画に出てくるような怖い名前にすべきだ」といった意見だったり、他の人名を提案してきたりするそうで、日本のように「数字にすべきだ」とはならないようです。
大西洋・カリブ海に発生するハリケーンの名前を使う国は、英語圏のアメリカ以外にも、フランス語圏の国やスペイン語圏の国があります。そのため、分かりやすくてシンプルな名称が、求められているそうです。
「『カトリーナ』はもちろんですが、『ハービー』や『イルマ』の名称を人々が忘れることはないでしょう。ハリケーンの恐ろしさを意識してもらうとともに、万全な備えの中で安全第一に行動してほしいです」
ノリスさんは、そう強調しました。
日本では台風を「1号」「2号」というように数字で表していますが、実は名前もあります。現在、沖縄に接近中の台風18号には「タリム」という名称があり、フィリピン語で「鋭い刃先」を意味しています。
日本や中国、韓国などアジアを中心とした14の国と地域が加盟する政府間組織「台風委員会」で採択された140のリストをもとに、2000年から順番に付けられています。アジアの人々になじみのある名前をつけて、防災意識を高めてもらうといった狙いがあるそうですが、日本では数字が使われています。その理由について、気象庁天気相談所の担当者は「数字の方が身近で、より覚えやすいから」と説明してくれました。
なるほど、何を「身近」とみるのか、日本とアメリカでは考え方が違うようですね。世間が「アンドリュー」「アンドリュー」とさわぐ中、友人のアンドリュー君がどういう心境だったのか、今さらながら気になります。
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