連載
#19 ことばマガジン
「押しピン」「画びょう」呼び名が違うのなぜ? コクヨと教授に聞く
「押しピン」と「画びょう」、違いはあるのかないのか調べました。
【ことばをフカボリ:2】
掲示板に紙を張るときに隅にギュッと押し込むアレ。何と呼んでいますか? 今は東京に住んでいるけれど、もともと大阪出身の私は「押しピン」と呼びます。でも周りから、「東京では『画びょう』としか言わないよ」という声が。えっ、そうなの? これって方言やったん? 「押しピン」と「画びょう」、なぜ呼び名に違いが生まれるのか調べました。(朝日新聞校閲センター・梶田育代/ことばマガジン)
東京に住んで6年が経ちますが、発音や語尾だけにとどまらず、何げなく使う日用品の呼び方も実は関西特有だったと知って驚くことがあります。
中でもいちばん驚いたのが、「画びょう」。もちろん言葉は知っていましたが、「押しピンの正式名称」だと思っていたのです。
国語辞書を見てみると「押しピン」は、広辞苑は「画鋲(がびょう)に同じ」としていますが、「西日本方言」「関西での表現形」と説明しているものも多く、「画鋲」だけしか載せていない辞書もあります。
大阪で創業した文具会社大手のコクヨは、商品名をどうしているのでしょう。広報に聞きました。
ネットでも見られる商品カタログでは、分類を「画鋲」「ピン」として、あの金色の平らなアタマのものも、プラスチックのアタマのものも、ほとんど「画鋲」の名が付いています。
ただ、カタログをよく見ると、他の商品の説明で、画びょうが使えることを「押しピンの使用が可能」と表現している箇所がありました。
「地域によっては『画びょう』としないと通じないので、商品名は統一しています。『押しピン』は特に関東では通じないようです」
大阪市にある本社の広報担当者は、あくまで個人的な話として「普段は『押しピン』と言っている気がします」と語っていました。
篠崎晃一・東京女子大教授(方言学)は、2択の質問に答えてもらって出身地を当てる「方言チャート」をウェブ上で公開しています。
篠崎教授によると、2013年のチャート公開当初、出身地を東西に分けることを狙って、「押しピン」の設問もつくっていました。
でも、東日本出身でも「押しピンを使う」という回答が多かったため、設問から外したそうです。
職場の関東出身の同僚にも、「針のアタマに平らな金属が付いているのが画びょう、プラスチックなのが押しピンじゃないの?」という人がいました。
金属製かプラスチック製かの「形状」によって使い分けている人もいるとは……。つまり「押しピン」は、関西の「方言」とは言い切れなくなっているのでは? これはもう、方言かどうかだけの問題から抜け出したケースだといえそうです。
日用品の名で地域差が出ることについて、篠崎教授は「物のどこに着目するかによって呼び名に違いが生まれるのではないか」と話します。
たとえば、ケガをしたときに傷口に貼る「救急ばんそうこう」。関東・関西などでは「バンドエイド」と呼ぶ人が多いですが、北海道などでは「サビオ」、九州などでは「リバテープ」と呼ばれることもあります。いずれも地元で根付いた商品名が定着しています。
「押しピン/画びょう」は、形状や使い方に着目した命名例と思われます。金属かプラスチックかで使い分ける私の同僚のように、両方とも気軽に使えばいいのかもしれません。
ちなみに岐阜県出身の同僚は「がばり」と呼んでいたそうです。字をあてるとすると「画針」でしょうか。やはり形や使い方が由来となっていそうです。
方言辞典をめくると、「じゃんけん」だけでも100種類以上の呼び方が紹介されています。私は「いんじゃん」と呼んでおり、初めて大阪以外に住んだ時、それが方言だと知って大いに驚きました。
皆さんの周りにも、こんな「気付かない方言」が実はたくさんあるかもしれません。「方言だった」と気付いた時に、同じ呼び方の人に対してふと感じる親近感。この温かさが方言の良さだと思っています。
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