連載
#15 ことばマガジン
なんじゃい!この駅名は 上信電鉄「南蛇井駅」、駅員さんたちに聞く
沿線に世界遺産・富岡製糸場がある群馬の上信電鉄・南蛇井(なんじゃい)駅を記者が訪ねました。
鉄道の旅が好きな人の楽しみに、全国の難読や珍名の駅巡りがあります。中でも人気がある駅の一つが、沿線に世界遺産・富岡製糸場がある群馬の上信電鉄・南蛇井(なんじゃい)駅。「蛇」が入った漢字名もさることながら、呼び名の「なんじゃい!」はインパクト大。怒鳴られるのも覚悟して、実際に訪ねてみました。(朝日新聞校閲センター・中島克幸/ことばマガジン)
群馬県富岡市南蛇井。そこにひっそりと、南蛇井駅は立っていました。
4月、高崎駅から単線の上信電鉄で2両編成のワンマン電車に揺られること約1時間。木造の古びた駅舎は、少年時代に親しんだ古里のローカル線の駅を思い出させました。
山に囲まれた南蛇井駅に降り立つと、目にとまったのが「なんじゃい」と平仮名で大書きされた駅名の看板。さっそく叱られている感じがしました。
線路を見下ろすと、赤紫色の可憐な花があちこちに咲いていました。絶滅危惧種の「オキナグサ」。その名は、種子の綿毛が白髪の翁(おきな)を思わせることが由来です。
昔はたくさん見られたそうですが、花壇に植えたものから種が飛び、使われていない引き込み線の枕木やバラスト(砕石)の周りに根を張ったとのことです。
4月上旬から5月にかけて咲き誇り、駅に降り立つ人たちを楽しませる名物になっているそうです。
線路を横切って駅舎に向かうと、駅員の深沢栄次さんがいました。まずはこわごわ話しかけてみると、柔和な表情で「南蛇井」という地名の言い伝えを教えてくれました。
地元を流れる鏑川(かぶらがわ)畔に温井(ぬくい)という、冬は温かく夏は冷たい泉があり、そこへ蛇が集まって暑さ寒さをしのいだ。泉が南の方にあるから南蛇井――。
駅名の由来の謎はもう解決……かと思いきや、さらに調べてみると、ほかにも諸説があることが分かってきました。
「群馬県の地名 日本歴史地名大系10」という本では、「『大日本史』に『那射、今ノ南蛇井村』と記されるように、『和名抄(わみょうしょう)』那射(なさ)郷に比定される。近世史料には『南才』(ナンサイ、ナンザイ)と書いたものが多い」と説明しています。
「群馬『地理・地名・地図』の謎」という本を監修した前橋市参事の手島仁さんに聞くと、那射とは「川が流れて広い所」を指すアイヌ語の「ナサ、ナサイ」が元で、それが「なんじゃい」に変化したと言います。
さらには「音韻説」というのもあります。「ナ」の音は土地を示し、狭いことを表す「狭(サ)」が「ザ」となり、鏑川沿いの狭い土地を「ナザ」と呼ぶようになったとされます。
漢字は、地名の「ナ」は「南」と書くことが多く、「サ・ザ」は「シャ・ジャ」に変化して「蛇」が当てられ、「井」は付近にわき水があったから――。実際に古くは「那射井」とも書かれていたそうです。
いったいどれが真相なんじゃい!と叫びたくなるような諸説乱立ぶり。地元の人が言いやすく、書きやすいようにと変わってきた結果、「南蛇井」となったようです。
呼び名の珍しいこの駅には、遠くから訪ねて来る人も多いそうです。深沢さんは「『なんじゃい』は印象が良くないとも言われるんです……」と言いつつも笑顔です。
何の用事だと文句でも言われるかも……と訪ねたら、深沢さんのような気さくで親しみやすい駅員さんに出会える――。
このギャップも、南蛇井駅が人気を集める理由ではと感じました。
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