連載
#1 ことばマガジン
「校閲ガール」プロデューサーも回り道 「どの仕事も無駄じゃない」
新聞記事の間違いなどを指摘する「校閲」という仕事をしています。一言で表現すると「地味」としか言い様がないんです。
連載
#1 ことばマガジン
新聞記事の間違いなどを指摘する「校閲」という仕事をしています。一言で表現すると「地味」としか言い様がないんです。
新聞記事の間違いなどを指摘する「校閲」という仕事をしています。一言で表現すると「地味」としか言い様がないんです。そんな地味な仕事がドラマになるなんて……驚きです。実は、番組のプロデューサーも回り道をしてドラマを手がけることになったそう。そんな「中の人」に、気になって仕方なかった質問をしてみました。「タイトル、地味『だけど』じゃだめですか?」(朝日新聞校閲センター・加藤順子/ことばマガジン)
日本テレビ系で水曜午後10時から放送中のドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」。念願の出版社に就職できたものの、希望とちがう校閲部に配属された石原さとみさん演じる悦子が、ファッション雑誌の編集者を志しながらも、「地味な」校閲という仕事に奮闘する姿を描いています。
一般にはなじみの薄い分野のお仕事ドラマですが、テンポよく進む書籍や雑誌作りのコミカルなシーンや、石原さんが着こなす衣装のコーディネートが人気です。
出版と新聞という違いはあれど、原稿の誤りや表現について指摘をするのは同じ。「あるある!」とうなずいてしまう場面もたくさんあって、毎週楽しく見ています。
実は、河野悦子と同じように、校閲という仕事が何たるものか全く知らずに、6年前に校閲部署に異動してきた私。こんな細かいところまで調べるの?と驚いたのを懐かしく思い出しました。
ドラマの校閲部は、雑誌や書籍の編集部とは別の部屋で、静かに作業していますが、朝日新聞の校閲センターは記者と同じフロアです。大ニュースが起こったときのざわめきや、いろいろな連絡を聞きながらの臨機応変さが求められます。
実際の出版と新聞の校閲ってどうちがうのだろうと思い、朝日新聞出版の週刊誌の校閲を担当している女性(33)のもとへ行きました。留学で培った英語⼒を駆使して英語雑誌の記事などもチェックしています。
雑誌の原稿をプリントしたゲラを見せてもらうと、調べたりする作業はほとんど変わらないものの、一字ずつ、赤ペンなどで汚しながら「つぶして」読む新聞とはちがって、ゲラは指摘以外はきれいなまま。汚さないように赤鉛筆を浮かせたまま字の横に置きながら読むからだそうです。
一方、新聞の校閲の場合、特に、印刷の締め切り間際になって間違いを見つけると、走って知らせに行くこともあります。そのため仕事場ではローヒールの靴が基本です(たまにハイヒールで走っている同僚もいますが)。
夕方から夜中にかけての勤務が多く、仕事中に外に出る機会も少ないので、服装に特に決まりはありません。華やかな悦子を見ていると、あんな洋服着たいな~とも思わなくはないですが、必死で仕事をしていると、ついつい服にペンのインク染みをつけてしまうので、白シャツや袖がひらひらした服はあまり買わなくなりました。
ドラマに出てくる江口のりこさん演じる堅物校閲者・藤岩りおんのように、いつも地味なパンツスーツという人もいません。女性校閲センター員は、パンツ派とスカート派が半々くらい。両方着る人もいます。あえて言えばオフィスカジュアルといったところでしょうか。
このドラマ、楽しんで見ていますが、タイトルについては新聞の校閲記者という視点で考えさせられました。
「地味にスゴイ!」。新聞の原稿に出てきたら、「『地味に○○』という言葉の使い方はまだ一般的ではないと思います。『地味だけど』などと書き換えていただけませんか?」と赤ペンで書いて、筆者に指摘すると思います。
日本テレビの小田玲奈プロデューサー(36)に直接会って、「地味『だけど』じゃだめですか?」とぶつけてみると……。「狙い通り」と笑顔が返ってきました。
実際に校閲している人が見て、ちょっと指摘したいなと思わせるタイトルにしたいと考えていたそう。まんまとひっかかってしまいました。少し悔しいです。
「地味」は華やかでない、目立たない、とちょっと否定的なニュアンスも含んでいるので、賛否両論でたそうです。でも、「地味に」を派手じゃないではなく、「後からじわじわくる」といった風に使うこともあって、採用が決まりました。
校閲の仕事のリサーチ中に「この仕事は地味なのでドラマにはなりませんよ」と異口同音に言われたり、アンケートで「地味な仕事バンザイ!」という内容の説明文に「見たい!」という反応があったりしたことも理由にあるそうです。
ドラマでは、いやいやながら校閲の仕事を始めた悦子が、小説に描かれた場面に納得がいかず、実際に現場に見に行ってみて、「そんな校閲みたことない」と怒られたりしています。
新聞校閲だと印刷までに数分、ときには秒単位の持ち時間しかないこともある中、実際に見に行きたくても行けないので、うらやましいなあ、と感じます。ただ、九州の記事を点検することが多く、「実際に行ってみたほうが地名は頭に入りやすいから」と休暇を利用して九州をめぐった先輩もいます。
きっと多くの人が「派手」だと想像するドラマの現場も地味な仕事の積み重ね。1秒映るか映らないか分からないような小道具を、リアリティーの追求のために「校閲する」日々が続いているそう。単なる小道具から重要な役割の小道具に「出世」を果たしたものもあるそうです。
監督や演出家は、その努力をきちんと評価して、成果を作品にどんどん取り入れているそうです。他人の地味な仕事に気づけることも、「地味にスゴイ!」ことなのかもしれません。
ドラマの第6話。新しく出る子ども向け小説雑誌に、当初予定されていた大物作家ではなく、一度は作家という夢をあきらめた安藤政信さんが演じる桐谷の原稿が掲載されます。
急なことだったので、徹夜で原稿を仕上げた校閲部のメンバーと編集者に、桐谷は「夢をあきらめないでよかった」と涙をためて言っていました。安藤さんは役者としての休止期間を挟んで、日本テレビのドラマには21年ぶりの出演。せりふにご自分の実感がこもっているようで、私も涙ぐんでしまいました。
実は小田さんもドラマが作りたくて日本テレビに就職しましたが別の部署で働いていたこともあります。
バラエティー番組を作っていた小田さんは、ふとドラマの撮影を目にしたりすると「何やってるんだろう」と落ち込むこともあったといいます。
いまは夢をかなえてドラマの仕事をしていますが、バラエティー番組で学んだ「最初にインパクトある映像でチャンネルを変えさせない」「寝る前に笑ってほっとできる瞬間を提供する」といった手法をドラマにも生かしています。
「どの仕事も無駄ではなかったし、100%やりたいことだけしてる人間なんていないけど、夢をかなえることも夢を持つことも、どっちも重要だと思った」という気持ちが込められているそう。これって深いテーマだと思います。
出版とは隣の畑というイメージの新聞校閲ですが、地味なんだけど、じわじわくるような、良い仕事ができたなと思えたり、同僚の地味な仕事にきちんと気づけたりするように、今日も赤ペン片手に「コーエツ」します!
1/13枚