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椎名林檎「男女2視点」レビューしてみたら…12年ぶりホールツアー

12年ぶりとなるホールツアーを敢行している椎名林檎。男女二つの視点から、彼女の魅力をひもといてみました。

「百鬼夜行」ツアーで歌う椎名林檎=11月6日、東京・渋谷のNHKホール荒井俊哉氏撮影
「百鬼夜行」ツアーで歌う椎名林檎=11月6日、東京・渋谷のNHKホール荒井俊哉氏撮影

目次

 椎名林檎が、ソロ名義では12年ぶりとなるホールツアー「椎名林檎と彼奴らがゆく 百鬼夜行2015」を敢行しています。かつて自身のライブについて、「男性のお客さんでライブにいらしている方というのは、何かしらの誤解が生じているんじゃないかな」「男性向けと思ったことは1回もない」と冗談交じりに語っていた林檎。それならば、いっそ盛大に「誤解」してみることで、彼女の多面的な魅力を浮き彫りにできないか。11月7日にあった東京・渋谷のNHKホール公演を、男性記者と女性記者が観賞し、男女二つの視点から考察してみました。

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女の視点「ときに少女のように…変幻自在で緻密な舞台」

【岡田慶子 朝日新聞文化グループ記者(音楽担当)】

 ときに狂おしいほどの切実さで、ときに獣のように激しく。ときに麗しく妖艶に、ときに母のハイヒールをはいた少女のように頼りなく……。椎名林檎は開演の瞬間から舞台を降りるまで、変幻自在だった。そんな彼女の歌とたたずまいが、緻密に計算された演出と、バックバンド「MANGARAMA」の職人技で冴える。すべてが一体となったショーに、圧倒されっぱなしだった。

 1曲目、前面に紗幕が垂れたほの暗い舞台に、椎名のシルエットが浮かび上がる。ステージと客席を隔てる幕は、まるで結界のようだ。切迫感と不穏さに満ちた歌声が、観客を別世界へといざなう。

 幕が上がるや、最新曲や初期の楽曲、他のアーティストへの提供曲のセルフカバーを、次々と披露していく。そろいの羽織をまとったMANGARAMAの8人を従えた椎名は、曲に合わせて声色を変え、衣装を替え、マイクを拡声機に持ち替え、いくつもの表情を演じ分けていった。

曲に合わせて、様々な衣装に身を包んだ椎名林檎=11月6日、東京・渋谷のNHKホール荒井俊哉氏撮影
曲に合わせて、様々な衣装に身を包んだ椎名林檎=11月6日、東京・渋谷のNHKホール荒井俊哉氏撮影

「魂を削った幽玄なショー」

 ふいに、ある女性の言葉を思い出した。「女には、化粧した顔もあれば、すっぴんもある。慎み深いところもあれば、浮気性で尻軽なところだってある。強いときもあれば、か弱いときもね。本当に、多くの顔をもっているのよ」

 もろくて、潔くて、罪深くて。痛いほど慈悲深いけど、いつだって愛を求めている。女ってのは、多面的で複雑な生き物なのだ。

 ステージで1曲ごとに表情を変える椎名は、そんな女性の存在を、あるがままに活写するかのようだった。体全体を使って……というより、ホール全体を巻き込んで、何通りにも自分を演出する姿は、表現者としてのすさまじいエネルギーに満ちていた。

 アンコールを含めて全28曲。希代の“自作自演屋”が見せた幽玄なショーは、魂を削って生み出したエンターテインメントのすごみを持っていた。

緻密な演出と、バックバンド「MANGARAMA」によるステージで観客を魅了する椎名林檎=11月6日、東京・渋谷のNHKホール荒井俊哉氏撮影
緻密な演出と、バックバンド「MANGARAMA」によるステージで観客を魅了する椎名林檎=11月6日、東京・渋谷のNHKホール荒井俊哉氏撮影

男の視点「冥界の女王がかき鳴らす一瞬の生」

【神庭亮介 朝日新聞デジタル編集部記者(文化担当)】

 逢魔が時。宙空に浮かび上がったいくつもの石碑が、渦巻くように回転し始める。念仏が響き、石碑の封印が解き放たれると、黄泉の国から冥界の女王とあやかしの楽団が出で現れる。林檎と彼女が率いるバンド「MANGARAMA」の登場だ。3D映像を駆使した演出に、冒頭から引き込まれた。

 百鬼夜行のツアータイトルは伊達じゃない。濃厚に匂い立つ「死」の気配。彼岸と此岸のあわいに迷い込んだような錯覚を覚える。「産声は極刑の合図」「書いた戯曲の題名が遺言」と歌う『尖った手口』。鶴の刺繡が施された振り袖をまとう林檎の背後では、「色即是空」「The End」「The X day is coming」のネオンサインが明滅している。

バンド「MANGARAMA」の演奏、職人技による椎名林檎のステージ=11月6日、東京・渋谷のNHKホール荒井俊哉氏撮影
バンド「MANGARAMA」の演奏、職人技による椎名林檎のステージ=11月6日、東京・渋谷のNHKホール荒井俊哉氏撮影

「よどんだ日常を揺さぶる救済装置」

 岡崎京子の漫画『リバーズ・エッジ』に登場する男子高校生は、よどんだ川辺に眠る白骨死体を「宝物」と呼ぶ。生い茂るセイタカアワダチソウをかき分け、姿を現した骸を見下ろしながら、「この死体をみると勇気が出るんだ」とつぶやくのだ。

 思えば十代の頃の私にとって、林檎の音楽はそんな存在だった。平坦でのっぺりした日常に「死」の予感を胚胎させ、「生」への覚醒を促す救済装置とでも言おうか。長じるにつれ、そうした感覚は徐々に薄れていったが、この日のライブでまざまざと思い起こさせられた。

 中盤、初期の名曲『罪と罰』が披露されるや、禍々しい雰囲気は極点に達した。「不穏な悲鳴を愛さないで 未来等見ないで 確信出来る現在だけ重ねて」。絶唱に肌が粟立つ。仄暗い闇の奥底へ、深く深く沈潜していくかのようだ。

鮮やかな演出で彩られたステージ=11月6日、東京・渋谷のNHKホール荒井俊哉氏撮影
鮮やかな演出で彩られたステージ=11月6日、東京・渋谷のNHKホール荒井俊哉氏撮影

 この曲を境に陰鬱さは底を打ち、かすかな光が兆し始める。背中に張り付いたタナトスに駆り立てられるがごとく疾走感を増したグルーヴは、虚無や耽美に淫することなく、すんでのところで生への欲動に反転する。陰翳の深さが一閃の光芒を際立たせる。「今、この一瞬を生きろ」というメッセージに、射抜かれた気がした。

 やがて訪れた怪異な祝祭感のなかで幻視したのは、まさしく百鬼夜行そのもの。未見の人のためにも無粋な種明かしは慎むが、きっと「すべてはこの1曲のための伏線だったのだ」と得心するに違いない。MCすら不要に思えるほど、極めて構築度の高いステージだった。

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