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養老孟司さんが見た理研 成果主義と少数リーダーシップの落とし穴
昨年、取り巻く環境がめまぐるしく変化した理化学研究所を、解剖学者の養老孟司・東大名誉教授が訪れました。その研究体制や課題は、養老さんの目にどう映ったのでしょうか。
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昨年、取り巻く環境がめまぐるしく変化した理化学研究所を、解剖学者の養老孟司・東大名誉教授が訪れました。その研究体制や課題は、養老さんの目にどう映ったのでしょうか。
新たな万能細胞「STAP細胞」作製に成功したと発表したものの、後に撤回。一方で、iPS細胞を使った世界初の移植手術を成功させてもいる、理化学研究所――。
昨年、取り巻く環境がめまぐるしく変化した理研を、解剖学者の養老孟司・東大名誉教授が訪れました。生物科学の世界に長年身を置いてきた養老さんの目に、その研究体制や課題はどう映ったのでしょうか。
神戸市の人工島「ポートアイランド」の一角、最先端の医療施設や関連企業が集まる産業団地に、理研の多細胞システム形成研究センターはあります。「モダンだね。昔とはえらい違いだ。僕が若い頃の研究施設は自然の中にあって、実験で使う動物をそのへんで捕まえていたくらいだから」と、往時との違いに感慨深げです。
研究D棟の5階。約50人のメンバーを率いる高橋政代プロジェクトリーダーの研究場所です。目の難病患者の皮膚から作製したiPS細胞を網膜の組織に変化させ、世界で初めて患者への移植を成功させました。
「これがiPSから作った網膜です。すごいことやなって思いますが、10人の研究者が培養にチャレンジしても3人くらいしかきれいに作れません。そんなに多くの患者は治せないので、ここ数年、患者の期待値を下げる取り組みを続けています」。
高橋さんがそう説明すると、養老さんはうなずきました。「世間は誤解しているけど、生物科学ってそんなもの。客観的でも科学的でもない。8割うまくいくのか、1割しかできないのかっていう『歩留まり』の問題。熱狂することじゃない」
養老さんは、昨年のノーベル物理学賞が青色LED(発光ダイオード)の開発者に贈られたことを例に挙げ、研究を評価する価値観が、真理を深掘りする基礎科学から実用的な技術へと変わったことに着目しています。「研究の世界が俗っぽくなり、こうすれば成果が出るといったレールの先を見て、結果を先取りするようになった。若くて優秀な研究者がはまりがちな穴だ」
さらに養老さんは、研究現場の「ごく少数の研究者に予算と権限を与え、裁量を持たせる今のシステムは、米国の科学界をまねして導入された」という手法と、日本社会に特徴的な文化風土のミスマッチを問題視しました。
「日本社会は、その場の状況に応じて自然と物事を決めていく『状況依存』をよしとしてきた。状況依存のシステムには、後で振り返ったときに、なぜその結論になったかを説明できないという特徴がある。決定までの状況を細かくピックアップできないから、事後に検証できないのは当然だ」と、事後に検証しにくい意思決定プロセスの欠点を指摘。
そのうえで、こう言っています。「欧米式と日本式、どちらがやりやすいかは、研究者自身が本気で考えないといけないが、強いリーダーシップや成果優先主義は、人間性を無視した価値観だと僕は思う」