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真っ白な灰に…としまえん最後の新聞広告、担当者が守った「鉄の掟」
「サンダルで行ける遊園地」の真骨頂
8月31日をもって、惜しまれながらも、94年の長い歴史に幕を下ろした遊園地・としまえん(東京都練馬区)。有終の美を飾るにふさわしい新聞の全面広告が、閉園直前に掲載され、ツイッター上で大いに話題をさらいました。「施設の形はなくなっても、永遠に皆さんの心の中で輝き続けてほしい」。万感の思いを込めたという担当者に、デザインが完成するまでの経緯を尋ねました。(withnews編集部・神戸郁人)
全面広告は8月30日、東京都・静岡県など1都7県で配布されている、朝日新聞朝刊に登場しました。
真っ白な背景の中にたたずむのは、人気漫画『あしたのジョー』の主人公・矢吹丈です。強敵との激闘を終え、イスの上でぐったりとうつむく。あまりにも有名なラストシーンの左上を見ると、「Thanks.」の文字が。右下には「としまえん」のロゴも刻まれています。
一分の無駄もない、シンプルな構成。ツイッター上には「行ったことなくても寂しい」「家族で訪れた時の思い出が蘇ってきた」など、惜別のつぶやきがあふれました。多くの人々が関連情報を投稿し、同日中にトレンド入りも果たしています。
としまえんは1926(大正15)年9月15日に開園し、住宅街に立つ遊園地として、地元民を中心に人気を博します。しかし2011年、東京都が災害時の避難場所に使える都立公園とする方針を決定。今年6月には、土地を所有する西武鉄道が、8月末での閉園を明らかにしました。
今回の広告は、ファンが連日、現地に赴いているタイミングで公表されたものです。どのような狙いで制作したのか、運営企業である株式会社豊島園の内田弘事業運営部長(65)に聞きました。
としまえんの広告の特徴といえば、その新奇性です。過去には「史上最低の遊園地」という自虐的なキャッチコピーを打ち出し、注目を集めています。また夏になると、名物の「流れるプール」にちなんだ、遊び心あふれる作品を量産してきました。
「今年5月頃から広告の検討に入りました。作るなら、お客様に感謝を示せる内容にしたい。でも単に『ありがとう』と伝えるだけでは、世間の期待を裏切ることになってしまう。そこで広告代理店と協議した結果、『あしたのジョー』のデザインが提案されたんです」
イラストに描かれた丈は、死力を尽くし、灰のように燃え尽きています。加えて、口元にたたえたほほえみは、悔いのなさを象徴しているようです。
これほど、今のとしまえんに重なるイメージはない――。漫画を手がけたちばてつやさんが、練馬区の名誉区民であることも手伝い、採用する運びとなりました。
閉園を間近に控えた時期、としまえんの歴史を振り返るパネル展示コーナーが、敷地内に設けられました。8月30・31両日には額縁入りの広告も飾られ、多くの人々が食い入るように見つめていたそうです。
「やはり、私たちの気持ちに応えてくれた」「最後の最後までとしまえんだったね」。来園者たちは、口々に感想を述べ合いながら、広告の写真を撮っていたといいます。
内田さんいわく、広告を作る上で大切にしてきたのは「適度にふざける」というスタンスです。「施設に来る誰もが、楽しい時間を求めている。ならば、メディア戦略にも『遊び』が必要で、『固くてまじめ』だと遊園地ではない。そう考えていました」
そして、もう一つの「鉄の掟(おきて)」が、絶対に他人を悪く言わないこと。自虐ネタに走る場面はあっても、広告を見た人が不快になるようなデザインは、決して採り入れない。老若男女を問わず愛される名作は、そんな精神性があってこそ生まれたのかもしれません。
施設の歴史を振り返る内田さん自身、閉園に複雑な思いを抱く一人です。大学の機械工学科卒業後、1981年に入社し、今年でちょうど勤続40年目。マシンのメンテナンスから、遊具を買いつける企画業務まで、幅広い仕事を担当してきました。
特に印象に残っていることは――。尋ねてみると「バブル期前後の出来事が忘れられない」と語ります。
日本が好景気に沸いた80年代~90年代前半、としまえんでは絶叫マシンを数多く導入しました。10代後半~20代の若者を取り込むため、派手で豪華な施設を目指したのです。そのかいあって、92年度には過去最多となる約390万人が訪れます。
しかし、主要なユーザーだった、地域に住む親子連れが減少。2000年代に入ると、客離れが深刻化してしまいました。そこで子どもでも楽しめるよう、主要なアトラクションのミニ版を新たに設置するなどしたところ、徐々にファンが戻ってきたそうです。
「一般的な遊園地は、何カ月も前からスケジュールを決め、準備をして行くことが多いでしょう。としまえんの場合、『明日は晴れているから遊ぼう』という程度の感覚で訪問できる。いわば『サンダルでも行ける遊園地』なんだと、再実感させられた経験ですね」
新型コロナウイルスが流行した今夏、としまえんでは感染対策のため、入場制限をかけざるを得ませんでした。それでも直近約2週間の来園者数は、一日当たり1万5千人ほど。例年同時期の2万~3万人に迫る勢いで、特に遊園地の利用者が多かったといいます。
「4世代で足を運んでくれるお客様もいました。コミュニケーションの場を提供する、という本来の役割を果たせたのかな」
9月2日時点で、既に遊具の搬出作業などが始まっている、としまえん。徐々に建物の解体が進み、2023年前半には、敷地の一部に映画「ハリー・ポッター」シリーズがテーマの新施設がオープンすることも決まっています。
内田さんによると、遊園地のハード部分は残らない想定です。「だから、『あしたのジョー』の広告を思い出し、子や孫に語り継いでほしい。そうすることで、としまえんは人々の心の中で永遠に輝き続ける、と信じています」
ところで、同作のラストシーンをめぐっては、丈の命運がしばしば話題に上ります。満足した死に顔にも、心地良くまどろんでいるだけで、また復活するようにも見える……。そんなエピソードを引きながら、内田さんは、いたずらっぽく笑いました。
「もしかしたら、いつかどこかで、としまえんとも再会できるかもしれない。あり得ない話ですが、そう思えたら夢があるじゃないですか。どのようにとらえるかは、広告を見て下さった方々次第ですけれどね」
同じデザインの広告は、池袋駅など西武線沿線の42駅構内でも展示されています(9月6日以降、順次取り外される予定)。
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