連載
#7 #自分の名前で生きる
親が夫婦別姓、子どもの本音を聞いてみた「困ることはない。以上」
ツイッターなどSNS上で選択的夫婦別姓の議論になると、夫婦の名字が違うことで「いじめられる」「子どもがかわいそうだ」という意見が反対する人から出てくることがあります。本当にそうなのでしょうか? 父母の姓が違う1995年生まれの子どもたち3人に体験を語ってもらいました。出てきたのは「勝手にかわいそうと思わないでほしい」という思いや、説明しやすい制度がないからこその「いじり」の経験でした。
「家の中って名字で呼ばないし、正直意識したことがなかった」
そう振り返るのは、弁護士として法律事務所への就職が決まっている日高稔基さん。小さな頃から表札に二つの名字があるのが「当たり前」でした。
両親は共働きで事実婚。会社役員として活躍する母は、仕事で使ってきた名字に思い入れがあったそうです。
初めて別姓を意識したのは、学校の連絡網を見て「他の家族の名字は同じだ」と気づいたとき。ただその時も「へー。名字が同じ家族の方が『普通』なんだ」と思っただけだったそうです。
会社員の松浦将也さんも、両親が別姓です。行政書士の母は自分の姓にアイデンティティーを感じていて、変えなかったといいます。
日高さんと同じように小学校の頃、連絡網を見てまわりの家庭は名字が同じだと気づきました。さらに、クラスメートから「結婚したら名字は同じじゃないといけないのでは」と言われ、2人がペーパー離婚していたことを知りました。
「名字よりも『離婚』ということ自体がショックでしたね。マイナスなイメージだったので」と話します。
大学生の井田凌我さんは、高校3年生の時、不仲だった両親が離婚しました。
名字をどうするか尋ねられ、「自分が20年近く使ってきた名前。愛着もあり、変える理由がないな」と思い、父の姓を名乗っています。
「ただ、考え方は母に近かったので、ともに生活するのは母を選びました」。その後、一緒に暮らす母が再婚したため、違う姓となっています。
結婚の時に、夫婦で同姓にするか別姓にするかを「選べる」ようにする選択的夫婦別姓制度。制度導入を希望し、訴訟を起こしている人もいます。
名前って愛着のあるものです。制度が導入されても、同姓にしたい夫婦は「同姓婚」を選べばいいだけ。選択肢が増えて損をする人はいないだろうに、なぜ導入されないのだろうと思っていました。
ネット上で議論を追っていると、反対する意見にも偏りを感じました。「子どもがかわいそう」や「家族の一体感がなくなる」といった指摘には「子どもは本当にそう感じているのだろうか」と疑問を持っていました。
そこで、今回集まってくれた3人に、自身の体験や名字への考え方、選択的夫婦別姓の議論について感じていることを聞きました。
――ネット上の議論などで、別姓導入に反対する人が「子どもがかわいそうだ」と主張することについてどう思いますか?
日高さん
松浦さん
松浦さん
井田さん
井田さん
――「何で両親の名字が違うの」と聞かれて、嫌な思いをしたことはないですか?
井田さん
日高さん
松浦さん
松浦さん
――興味がない人には、説明しても意味がないって感じでしょうか?
松浦さん
――「選択的夫婦別姓が導入されて、父母の名字が違うと子どもがいじめられる」という意見もよく見られます。これについてはどう思いますか?
松浦さん
松浦さん
日高さん
日高さん
日高さん
――事実婚は子どもには分かりづらいということですね。法律婚に比べてデメリットもありますよね。
日高さん
松浦さん
日高さん
松浦さん
松浦さん
――別姓だと「子どもの学校行事や親戚の集まりで大変だ」という指摘はどう思いますか?
日高さん
松浦さん
井田さん
松浦さん
松浦さん
――多くの人が望んでいるのに、なかなか選択的夫婦別姓が導入されないのはなぜなのでしょうか。
井田さん
日高さん
日高さん
日高さん
日高さん
――自分の結婚を考えたときに、名字について感じることや考えることはありますか?
井田さん
日高さん
日高さん
松浦さん
松浦さん
両親が別姓の子どもたちに話を聞きましたが、もちろんこの3人の思いや意見が全てではありません。
ただ、選択的夫婦別姓の制度を導入してほしいと願っている子どもがいること、他の人と違うという理由で「事実婚の方がいじられやすい」と感じていることは、当事者に話を聞くまで分かりませんでした。
「かわいそうだから」と勝手に決めつけて反対するのは簡単ですが、こんな声もあることを知ってもらいたいと思います。
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