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行きたくなる刑務所「網走監獄」の秘密 ダークツーリズムのお手本に
戦争や災害といった、人びとの悲劇の跡を訪れる「ダークツーリズム」。長年、日本でダークツーリズムを研究してきた追手門学院大学の井出明准教授が、先進地にあげるのが「網走監獄」だ。コスプレや監獄食など、〝堅い〟社会見学ではあまり見られない工夫が「ハードルの低さ」につながっているという。井出准教授にダークツーリズムの意義や、現地を訪れる大切さを聞いた。
ダークツーリズムとは、戦争や災害など、人びとの悲劇や負の歴史が刻まれた場所を訪れることだ。
1990年代、イギリスの学者が提唱した新しい旅の概念で、いまでは監獄・病院などの隔離施設や、稼働しなくなった産業遺産への旅にも、その考え方が広がっている。
井出さんは、「2001年の同時多発テロ以降、欧米では、悲劇の旅を通して、自分たちの社会のあり方について考え直すようになった」と話す。
ここ数年、「悲劇の旅」をする人たちは増えており、ポーランドのアウシュビッツ強制収容所では、来場者が10年前の3.5倍に増えているそうだ。
日本でも、東日本大震災をきっかけに、「ダークツーリズム」という言葉が知られるようになり、現地を訪れてものを考えたいという思いが強まっていると指摘する。
ただ、そんな悲しみの場所を「観光」することには、なんとなく後ろめたさを感じ、「ダーク」という言葉に違和感をおぼえる日本人もいる。
しかし井出さんは、「本来、『観光』には、見聞を広めて、その地域を理解するポジティブな意味がある。日本での観光=レジャー・娯楽、というイメージは一面的なもの」と言う。
「歴史には光と影の両面がある。産業社会の労働者の搾取や公害の発生など、影の記憶もきちんと受け継いでいかなければ」と指摘する。
その記憶が語り継がれていくには、訪れる人たちを受け入れる側の工夫も必要になる。
「予習してから来てください」と、訪れるまでのハードルを高くしてしまうと、足を向けてもらえなくなる。
そのハードルの低さとしてお手本になるのが、北海道網走市にある博物館「網走監獄」だ。
「ここは、囚人服を着るといったコスプレができたり、監獄食の再現が食べられたりする。まずは『楽しそう』という気持ちで訪れられる」
広い敷地内には、実際に使われていた牢獄のほか、復元された浴場や煉瓦造りの独居房もあり、見学者が思い思いに歩き回れる。
歴史館では、行刑の変遷や、北海道開拓のために囚人たちが苦役を担った…そんな歴史も学ぶことができる。
「博物館から出てくる時には、すごいことを勉強したな、と感じられる。本質的な記憶や教訓が感じられる」
原発問題を後世に伝えていこうと、2013年に「福島第一原発観光地化計画」(ゲンロン出版)に記事を書いた井出さん。
いま、「福島の復興には、脱原発か再稼働派なのかといった政治的なものが結びついてしまって、語りづらくなっているのではないか」と危惧しているという。
福島の現状を広く知ってもらうには、現地を訪れ、自分の目で見て・聞くことも大事ではないか。
井出さんは、もし福島でダークツーリズムの取り組みをするのであれば「食や歴史・文化といった福島の魅力も組み合わせながら、2011年に何があったのか、客観的に学べる工夫が必要だと思う」と話す。
井出さんは、岡山県長島にあるハンセン病の療養所を訪ねたことがある。
患者さんたちの言葉をビデオや本で知ってはいたが、実際に療養所内を歩いてみて、その広さに驚いた。
人が、「もう自分のふるさとへは帰れない」と感じる絶望に思いをはせることになった。
「現地でなければ分からないことがある。その場所の悲しみの、心への刺さり方が全く違う」
悲劇は、場所を変えてまた繰り返されるかもしれない。そうしないために、その場所を訪れて、考えることで、もしかすると防げるかもしれない。
ダークツーリズムは、過去の悲劇から学べる貴重なきっかけなのだ。
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