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チェルノブイリで、ポケモンGOは許される? 現地で起動してみたら…
新シェルターに覆われる前に、チェルノブイリの石棺をみてみたい、と思い、旅の行き先をウクライナに決めた。関空から旅立つ日、ちょうど日本で「ポケモンGO」がリリースされた。日本では国会などがポケストップの削除要請を検討する一方、上手に使えば、普段、知るきっかけのない史跡を訪れる機会になるという声もあった。「チェルノブイリでやってみたら、どうなるんだろう…」。恐る恐る、現地で試してみた。
日本では、リリース直後から、慰霊や鎮魂の感情にそぐわない、と、阪神・淡路大震災の犠牲者の名前が刻まれている「慰霊と復興のモニュメント」や、広島市の平和記念公園、長崎原爆資料館周辺は、「ポケモンを出現させないように」「ポケストップの削除を」と求めていた。
チェルノブイリも、1986年4月26日、大きな原発事故が起きてしまった場所だ。事故の初期対応にあたった原発職員や消防士30人以上が死亡したほか、大量の放射性物質がまき散らされ、13万5千人が避難したといわれている。
今でも30キロ圏内は「ゾーン」と呼ばれ、原則立ち入り禁止のエリアになっている。
けれど一方で、2011年から、ウクライナ政府がゾーンを巡るツアーを解禁。私が参考書として持って行った「チェルノブイリ ダークツーリズムガイド」(出版・ゲンロン)によると、1年間に1万4千人もの人が訪れているそうだ。
そこでポケモンをやるって、本当にそぐわないのか、不謹慎なのか?
実際に立ち上げてみると、まず、30キロのチェックポイントの直前に、ポケストップがあった。30キロ圏内に入ったあとも「Chornobyl Sports Hall」などのポケストップがあった。
作業員が暮らす生活エリアもあるので、きっとポケモンGOをやっている人もいるのかな、と想像する。
ただ、ツアーが始まったあとは、ポケモンどころではなくなってしまった。起動時間が合計10分ぐらいと短かったせいもあったけれど、ポケモン自体は全く出現しなかった。
ツアーで一番衝撃を受けたのが、モスクワより先にスーパーマーケットができたと紹介された「プリピャチ」という街が、30年経って、まるで森のように変わってしまっていたこと。
廃墟はぼろぼろになり、今にも崩れ落ちそうな小屋もあった。月日の長さを痛感する。
それでも、今も多くの作業員が4号機を覆う新シェルターの建設のために働かなければならないし、高線量のホットスポットがあったりする。
一番怖いのは、過去のことだと忘れてしまったり、だんだん風化したりして、また同じような事故が起こってしまうことだと思う。きっかけが「レアなポケモンを手に入れる」でも、何でも、チェルノブイリに来てみて、自分の目で見てみることって大事なのではないか。
ぼろぼろになって、人形や絵本が散らばる幼稚園や、野ざらしになったスタジアムを見たり、ガイガーカウンターを近づけたらいきなり警報が鳴る経験をしたりしたら、原発事故について自然と思いをはせることになると思う。
ツアーに参加していたほかの外国人に、訪れた理由を聞いてみた。
それでも、最後に、バスの中でプリピャチの以前の様子を映した映像を見ていたら、あまりの変わりように、隣のスペイン人も「ショック」「え!」と声をあげていた。私を含め、それぞれ、感じるところがあったと思う。
現地の人はどう思っているのだろう?
同じツアーに参加したウクライナ人の女性は「たくさんの人がチェルノブイリツアーに参加することは特に問題ないと思う。法律で管理されている場所だし、大きなリスクもないし、とっても興味深い場所だから」と語る。
一方で気がかりな点もあるという。
「倫理的な問題は、どのダークツーリズムの場所でも難しい問題だと思う。自分の国じゃない場所で起きたり、友人が被害に遭っていなかったりするから、落ち着いて事故の結果をただ見ることができるのかも」
ツアーのガイドをしてくれたポーランド出身・ウクライナ在住のジョニーは、「ホットスポットや、写真を撮ってはいけないエリアに気をつければ、チェルノブイリは他と変わらない。でも興味深い場所」と言う。
自身も、面白そうだったからガイドを始めて約5カ月といい、「世界中から色んな人が来て、チェルノブイリを知ってくれるのはうれしい」と話していた。
首都大学東京の渡辺英徳准教授(情報デザイン)は、広島の原爆被爆者や東日本大震災の被災者の証言などを地図の位置情報と組み合わせたサイトやアプリを作ってきた。
ポケモンGOとダークツーリズムについては、「戦争や災害に興味を持っていなかった人に、戦跡・慰霊の場との『偶然の出会い』を提供する手段として、有効にはたらく可能性はある」と指摘する。
渡辺さんの取り組む「ヒロシマ・アーカイブ」や「ナガサキ・アーカイブ」のアプリは、位置情報を元に、証言者のアイコンが被爆した場所に表示され、追体験できる仕掛けになっている。実際に体験することを重視したこのサービスは、スマホに慣れた世代の興味をひき、学ぶためのきっかけとなっているという。
ツイッターには、ポケモンGOのユーザーが、渡辺さんが作ったアプリとひもづけて「ポケストップにこれくらい説明文明示してあったら大歓迎なんだけど」といった意見が投稿されていた。
慰霊碑ポケストップも、これくらい説明文明示してあったら大歓迎なんだけど。
— さすらいのカナブン (@sasurai_K1) 2016年7月29日
ちょっとしたヒロシマ・アーカイブだわΣ(・ω・)https://t.co/Msb20uAsKq pic.twitter.com/1TO7pfNKli
一方で、渡辺さんは「『かなしみの場所に娯楽はふさわしくない』という意見は、その数の多寡によらず、尊重すべきもの」と話す。
実際、「ポケモンGO」は、プレーヤーの姿が街なかで目を引くため、場所の雰囲気に影響を及ぼしていることは否定できない。
渡辺さんは「戦争にまつわる記念日が近づくタイミングで、ポケモンGOがブームになったことが、削除要請の多さに影響しているのでは」と分析する。
実際に、広島市は8月6日までの削除を要請。この日までにポケストップが削除され、ポケモンが出現しないようになったという。
「ポケモンGO」がダークツーリズムに活用される可能性はあるのか。
渡辺さんは「ポケモンGOが生み出す『いつもと違う雰囲気』が、普遍性を獲得して『いつもの雰囲気』とならない限り、『かなしみの場所』と『娯楽』のミスマッチは批判され続けるのではないでしょうか」と指摘。その上で次にように提案する。
「この社会的なハードルをクリアした上で、さらに『深い知識』を提供するためのインターフェースを実装することで、はじめて有用なものとなり得るのでは」
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