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中立って何? スイスのポリシー「間ではなく、どの側にもつかない」
NHKの公式ツイッターが、公平公正、中立性の担保などを理由に外部アカウントのフォローを外すと発表した。そもそも「中立」とは何か? 中立といえば「永世中立国」として有名なスイス。ジャーナリズムの中立とはちょっと違うけれど、何かヒントがあるかもしれないと、スイス大使館を訪ねた。文化・広報部長のミゲル・ペレス=ラ プラントさんは「中立とは対立の『間』ではなく『外』にいることだ」と話す。(朝日新聞文化くらし報道部記者・高重治香)
――スイスでは「中立」をどう考えていますか。
中立には、法的に決められた中立と、政策としての中立があります。法の面では、1907年のハーグ陸戦条約で、中立状態とは何かを明確に定めています。
戦争に参戦しない、自衛する、交戦国間の対立を利用しないといった義務と、領土を侵攻されない権利……などです。一方中立性の政策は、時代に応じて変わります。
――中立というと、両極端の「真ん中」というイメージもあります。
neutrality(中立)を日本語に翻訳すると、「間にある」という意味になるのは知っています。しかし中立とは必ずしも「間にある」ということではなく、どの側にもつかないということではないでしょうか。つまり、対立の外にいることができる。対立の外にあり、中立として信頼されれば、調停者・仲介者としての役割を果たすこともできます。
例をあげましょう。スイスが中立を保った第2次世界大戦中、日本では、スイス大使館が連合国側の主張を代弁し、両陣営のコミュニケーションの窓口になりました。逆に米国内では、日本の利益を代弁しました。
――第2次大戦ではドイツ、イタリア、フランスに挟まれながら、なぜ中立を保てたのですか。
スイスの中立は古く、国際的に中立が認められたのは1815年のウィーン会議です。200年間中立にふるまってきました。自衛力を持ちながら戦争には参加せず、どの陣営にも領土を通過させないという歴史の積み重ねがありました。
たしかに第2次大戦は難しい状況に置かれました。大国に囲まれ、同盟国(ドイツ、イタリア)の真ん中でぽつんと残された民主主義国として。しかし中立性を守るため、防衛力を強化し、両陣営とも領土・領空を横切ることを許しませんでした。ただし通商関係はありました。
――200年ですか。
国際的に認められたのは200年前ですが、実際はもっと古いです。16世紀のマリニャーノの戦いが起源だという説があります。この時スイスが(フランスに)敗れ、ヨーロッパでの対立には参加しないという考えが生まれたのです。
19世紀にスイスはナポレオンに侵略されましたが、国際紛争に巻き込まれたのはそれが最後です。
――スイスの軍隊は強く、歴史的には各国に傭兵(ようへい)を派遣していたこともありました。
傭兵はウィーン会議で禁止されましたが、歴史的には、対立に巻き込まれないための手段でした。各国にスイス人の傭兵がいれば、スイスに侵攻しにくくなります。スイスの軍隊は徴兵制で、対外的なものではなく自衛のためのものです。
――中立を保つことで、スイスはどのような価値を守ろうとしているのですか。
中立は外交の手段であり、目的ではありません。スイスは直接民主制の国であり、まず民主主義の振興を大切にしています。そして経済発展、国際的な連帯です。自らが中立であれば他国の対立を調停できるので、国際的な連帯を守れます。
最高の例がスイスで設立された赤十字です。どちらの側にもつかないので紛争国で活動できます。
――スイスの政治家はバランス感覚が必要なのでしょうか。
スイスの政治家が中立でないといけないということはありません。スイスは国内ではそれぞれの意見を議論しあいます。中立政策さえも議論の対象になります。スイスは民主主義的な国、自由な国であることに大きな価値があり、スイスの政治家が議論ができないということはありません。
――議論の結果によっては、中立政策さえ変わる可能性がある?
「いいえ」であり「はい」でもあります。中立を定めた条約があり、国際的な認識は尊重しなければなりません。一方で、中立政策は国際情勢に合わせるものです。ただし、中立政策をとることで信頼性を維持できることは留意すべきです。
――中立性は現段階でいい政策だと思いますか。
そう思います。ここ200年戦争に巻き込まれませんでしたし、2度の世界大戦で破壊されることもなかった。今年は世界的なアート運動であるダダイズムの100周年ですが、これは第1次大戦中にチューリヒに亡命・移民してきた人たちによって設立されたアート運動です。当時チューリヒ市民の40%は難民や移民でした。
――中立政策は国内ではどのような意味を持つのでしょうか。
中立の法律は国家間の対立を前提にしていますが、今日のほとんどの対立は国家間では起きず、国家内で起きます。
多民族国家であるスイスでは歴史的には、国民の一部が国際紛争の特定の陣営を支持しようとする事例があります。そうした時、中立政策をとっていることで国内の意見をまとめ、対立を避けられたことはあります。
――スイスの中立性にとって最大の危機は何でしたか。
やはり第2次世界大戦です。第2次大戦は危機の時であると同時に、中立性が最も重要な役割を果たした時でもありました。続く冷戦下の時代、また現在でも、中立性が重要な役割を果たし続けていると思っています。
シリアの和平を探るための話し合いがジュネーブで行われているのも、スイスが中立の基盤を提供している好例です。
――ジャーナリズムの中立性を考える上で、スイスの中立性からどんなヒントが得られるしょうか。
その質問には答えられません。ジャーナリズムの話と外交政策の話は同じではありませんから。ただ、スイスは報道の自由は大事にしています。第2次大戦中、スイスはドイツの強い圧力を受けました。ドイツ語のジャーナリストや新聞は、同盟国に批判的なことを書いていましたから。
――NGO団体「国境なき記者団」が発表した報道の自由度ランキングで、スイスは7位、日本は72位でした。なぜ高く評価されたと思いますか。
私は判断する立場にありません。ただ、自由度が高かったことは誇りに思います。スイスでは1999年に憲法を改定し、中立政策が重要な外交政策であることを再確認するとともに、ジャーナリズムの自由を保障しました。
「中立ってなんだ」は5月7日発行の朝日新聞夕刊紙面(東京本社版)「ココハツ」と連動して配信しました。
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