連載
#89 イーハトーブの空を見上げて
津波でも神棚に残った守り神…一度拝んだら、一生拝む「オシラサマ」

連載
#89 イーハトーブの空を見上げて
Hideyuki Miura 朝日新聞記者、ルポライター
共同編集記者北東北の家々には「オシラサマ」と呼ばれる神様が棲む。
ある取材先が教えてくれた。
「オシラサマは大切な『家の守り神』。家族を守ってくれる、ありがたい神様だけれど、一度拝んだら一生拝まないとならないという、ちょっぴり怖い神様でもあるの」
「コッコッコッ……」
東日本大震災が起きて間もない2011年冬。
岩手県大船渡市で民宿「嘉宝荘」を経営する嘉志一世さん(73)が仮設住宅の台所にいると、隣の居間から木で床をたたくような音が聞こえた。
「あ、オシラサマが歩いているな……」
柳田国男の「遠野物語」でも描かれた謎の民間信仰だ。
馬や娘の顔を彫った長さ約30センチの木の棒などに、毎年1枚ずつ新しい着物をかぶせてまつる行為を「アソバセル」とも呼ぶ。
嘉志家のオシラサマは全部で12体。
木箱に入れて神棚の上に保管していたが、津波で自宅は全壊。
重いピアノや金庫は流されたのに、不思議なことにオシラサマの箱だけが神棚に残っていた。
津波で汚れた着物を脱がせ、丁寧に洗うと、布は全部で94枚あった。
「ご先祖様は約90年間以上、着物を着せ続けてきたのだと思います」
1896年の明治三陸津波ではオシラサマの入った箱が流されたが、「『そ(魂)があるなら、こっちさ戻ってこ』と呼びかけたら、戻ってきた」という言い伝えも残る。
高台で民宿を再開した今も木箱で大切に保管している。
「家を守ってくれる神様として、これからも代々、大事にしていくつもりです」
(2024年1月取材)
1/14枚