連載
#92 「きょうも回してる?」
〝ばあちゃんちのでんきストラップ〟ガチャで再現 ヒモや傘に昭和感
世代を越えて会話が生まれる…「記憶のガチャガチャ」

ガチャガチャの世界に、またひとつ、じんわりと心に灯る“あかり”が加わりました。
それが、4月にキタンクラブから発売された「ばあちゃんちのでんきストラップ(以下、ばあちゃんちのでんき」です。
名前を聞いただけで、どこか懐かしさがこみ上げてくるような、不思議な響きを持つこのミニチュアは、まるで過去の記憶の断片を手のひらにそっと置かれたような気持ちになります。
この企画と開発を担当したのは、フィギアを得意とするメーカー「キタンクラブ」に10年以上在籍し、これまでに数々のユニークな商品を手がけてきた鈴木博信さんです。
以前、このコラムで紹介した「おにぎりん具」(おにぎりの具をモチーフにした指輪)を筆頭に、世の中の“しょうもないのに欲しくなる”アイテムを形にしてきた鈴木さん。
今回の「ばあちゃんちのでんき」の企画が生まれたきっかけは、鈴木さんが過去に手がけたヒット作「食券ライトマスコット」にありました。
食券ライトマスコットは、スイッチを押すと白色のライトがつき、再度押すと赤く変化して“売り切れ”表示になるという、ちょっとしたギミックが人気を呼び、再販もされるほどのロングセラーになった商品です。 その成功体験と遊び心の延長線上で、「この切り替えのギミックを、何かもっと別の形で活かせないか? 世の中で白いライトから赤いライトに変わるものは何なのか」という発想が生まれたのだそうです。
鈴木さんはある晩、自宅で電気をつけたときに、「昔は夜寝るときに、紐を引っ張ると電気がオレンジ色(常夜灯)に変わってたな」と思い出し、実家の古い照明を紐で引っ張ったときの記憶が蘇りました。そのとき、鈴木さんはボタンで押すガチャガチャはたくさんあるけれども、紐で引っ張るガチャガチャはないとひらめいた思ったそうです。
そこで企画会議で、紐で引っ張る照明の写真を見せたら、一発で企画が通りました。鈴木さんは「企画メンバーに共感してもらえるなら、日本全国のお客様には懐かしいとなる。みんなが『あー、懐かしい』や『知っている、知ってる』がキーポイントになります」と教えてくれました。
商品としての設計は、決して簡単ではありませんでした。
まず最初の課題は、ギミックの収納です。
LEDライトとスイッチ機構を、実物のサイズ比に近いミニチュアの中にどう収めるか。
初期の試作ではユニットが大きすぎて、電気の傘部分が不格好になってしまったそうです。そこから工場と協力し試行錯誤しながら、ようやく“あの電気らしさ”を感じられるサイズに仕上がりました。
さらに、ガチャガチャとして販売する上で、価格にも制約があります。「本当はもっと明るくしたい、もっとリアルにしたい、でもそれをやると価格が800円、1000円になってしまう。いかに500円に収め、ギリギリの価格帯でどれだけ明るくできるか。本物に見えるかにこだわりました。ほんと、大変でした」と、鈴木さんは語っています。
結果として、コストを抑えながらも、当初予算内で2個だった白色LEDをなんと6個も搭載するという工夫で、明るさと遊び心のバランスをギリギリのラインで追求しました。
そしてネーミングにも、細やかな配慮が込められています。 当初は「実家のライト」という案もあったそうですが、若い世代にとって“実家”はすでにシーリングライトやリモコン式照明が当たり前です。
鈴木さんは、「“ばあちゃんち”にすることで、“古き良き昭和”をイメージできるようにしました。そして“ライト”ではなく“でんき”。昭和の家では“照明、つけて”ではなく、“でんきつけて”って言ってましたよね」と教えてくれました。
この言葉選び一つにも、鈴木さんらしい懐かしさへの敬意が感じられます。
完成したサンプルを初めて見たとき、鈴木さんは本当に点灯するかどうか、企画メンバーには内緒でこっそり試してみたそうです。そして灯りがついたのを確認したあと、メンバーに見せたら全員が「お、これ、いいね!」と声を揃えたとき、鈴木さんは手応えを感じたといいます。
私も実際に商品を手に取ってみましたが、想像以上に“感覚”が詰まっていることに気づかされます。 紐の先端には、実家の照明にあったような白いプラスチックのパーツ。
ぶら下がるヒモの質感や、傘部分の色合いもリアルで、まるでタイムスリップしたかのような気分に浸れます。
そして、もう一つ驚くのは、電池が交換できるという点です。 ガチャガチャの商品でここまで配慮されていることに、思わず唸ってしまいました。
「ガチャガチャって、どうしても“その場限り”で終わってしまうことが多いんです。でも、僕としては、せっかく手にしてもらったなら、ずっと長く遊んでほしい。だから電池交換できるようにしました」(鈴木さん)
そのうえ、掃除するときに「カパッ」と外す感覚を思い出してもらえるように、電池交換をできるようにしたそうです。
鈴木さんの想いは、細部にまで宿っています。傘の中にLEDをむき出しにせず、安全性と見た目のリアルさを保つためにカバーを施したこと。ストラップとしても使えるように設計したこと。 さらに商品の説明書は、あえて“照明カタログ風”にデザインし、ラインナップ名には「ナチュラル」や「ブラック」などの製品番号を付けるという遊び心まで。
すべてが一貫して、“あの時代”を丁寧にパッケージしているのです。
鈴木さんが目指しているのは、ただのレトログッズではありません。世代を越えて会話が生まれるような、“記憶のガチャガチャ”。遊び方は、鞄に付けても、あるいはフィギュアと合わせて飾ってもいいです。
「ばあちゃんちのでんき」はたとえ500円という小さな価格であっても、「自分の心の中の大切な記憶に価値がある」と思わせてくれる。 そんなガチャガチャです。
鈴木さんの次の作品もきっと、忘れかけていた何かに、優しく手を伸ばさせてくれるはずです。
◇
「ばあちゃんちのでんきストラップ」は、KC-001B(ベージュ)、KC-002N(ナチュラル)、KC-003Br(ブラウン)、KC-004Bk(ブラック)の4種類。1回500円。
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