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流行したインフルエンザ、ワクチンの効果はどれくらい? 医師が解説

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インフルエンザが流行した今シーズン。インフルエンザワクチンは有効そうだと現場では感じています。しかし、「亜型が一致していないのでは」という話をする方もいます。そもそも「亜型」「系統」の違いとはどういうことなのでしょうか? 実際に今シーズンのワクチンの効果はどれくらいなのでしょう? 深堀りしました。(小児科医・堀向健太/ほむほむ先生)
流行したインフルエンザ。診療の現場では、「今シーズンはインフルエンザワクチンがいい仕事をしているな」と感じていました。
しかし、そのことをthreadsで呟いたところ、「今年のワクチンは亜型が外れたから大流行してるのでは」というコメントがつきました。
実際にはどうなのでしょうか?
そもそも、「ワクチンが流行に一致する、しない」とはどういうことなのでしょうか?
流行して問題となるインフルエンザウイルスにはA型とB型があります。
その中でも、「亜型」や「系統」が複数存在します。2024/2025年シーズンでは、A型のうちA(H1N1)pdm09とA(H3N2)、そしてB型ではビクトリア系統が主に流行していると報告されています[1]。
では、A(H1N1)pdm09、A(H3N2)、B型ビクトリア系統とはなんでしょう?
まず、HとNから深堀りしましょう。
インフルエンザA型は、表面にある2種類のタンパク質、ヘマグルチニン(H)とノイラミニダーゼ(N)の種類によって細かく分類されています。たとえば、H3N2は、ヘマグルチニンが3型、ノイラミニダーゼが2型であることを意味します。
ヘマグルチニンはウイルスが細胞に感染する際に、ノイラミニダーゼは感染した細胞からウイルスが放出される際に重要な役割を果たします。
これらのタンパク質はウイルスの表面にあって、人間の免疫システムは主にこれらを標的にしてウイルスを攻撃するのです。
このHとNの組み合わせが「亜型」で、基本的にインフルエンザA型で使われます。
A(H1N1)pdm09は、2009年に世界的なパンデミック(新型インフルエンザの大流行)を引き起こしたインフルエンザA型ウイルスの一種です。
では、インフルエンザB型はどのように分類されるのでしょうか?
インフルエンザB型は、A型とは異なり、HとNの亜型分類は行われません。 その代わりに、大きく分けて二つの「系統(リニエージ)」が存在します。それが「ビクトリア系統」と「山形系統」です。
これらの系統は遺伝子的に異なり、抗原性も異なるため、どちらの系統が流行しているかによってワクチンの効果にも影響が出ることがあります。
ビクトリア系統と山形系統は、それぞれ異なる抗原性(免疫反応を引き起こす性質)を持っているため、一方の系統に対する免疫がもう一方の系統には効かないことがあります。
つまり、ある年にビクトリア系統のインフルエンザにかかっても、次の年に山形系統のインフルエンザにかかる可能性があるということです。
ちなみに、1980年代にオーストラリアのビクトリア州で分離されたので、ビクトリア系統といいます。
世界保健機関(WHO)や国立感染症研究所の調査によれば、流行株は今シーズンのワクチン株とよく似た性質(抗原性)を持っているため、「ワクチンがしっかり効く可能性が高い」という見通しが示されています[1]。
専門的には「抗原性の一致」と呼ばれます。
インフルエンザワクチンの効果は、選ばれたワクチン株と実際に流行する株の抗原性がどれだけ似ているかで変わります。
たとえば、2014-2015年シーズンにはA(H3N2)の流行株がワクチン株と合わず、ワクチンの効果が低くなったという報告もありました[2]。
そのため毎年、WHOをはじめ各国の専門家が世界中のインフルエンザウイルスを調べ、次のシーズンに流行しそうな株を予測してワクチンを製造しているのです。
2024/2025年シーズンは、日本国内で分離されているインフルエンザウイルスが、WHO推奨のワクチン株と一致していることが、2024年12月25日に国立感染症研究所から発表されています。
とりわけA(H1N1)pdm09とA(H3N2)は、ともに流行株の解析でワクチン株と似た抗原性を示しており、B型ビクトリア系統についても同様の結果が得られています[1]。これらの一致により、インフルエンザ感染や合併症の予防に大いに役立つと考えられています。
ただし、インフルエンザは毎年少しずつ変異を繰り返しており、「抗原ドリフト」と呼ばれる小さな変化が頻繁に起こります。
抗原ドリフトとは何でしょう?
HとNが変化し、私たちの免疫システムをすり抜けるようにウイルスが進化していく現象が、抗原ドリフトと抗原シフトといいます。
抗原ドリフトは、ウイルスの遺伝子が少しずつ変化していく現象です。これは、インフルエンザウイルスは、遺伝子複製時にエラーが起こりやすいことがわかっています。小さな変化が積み重なると、ウイルスの表面にあるHやNの構造が少しずつ変化し、以前感染した時の抗体が効きにくくなります。そのため、毎年インフルエンザが流行したり、ワクチンを毎年接種する必要があるのです。
例えるならば、泥棒を捕まえるための顔認識システムを持っているとします。泥棒は、帽子をかぶったり、サングラスをかけたり、少しずつ変装することで、顔認識システムに検知されないようにします。これが抗原ドリフトです。
一方で、「抗原シフト」という変化もあります。
抗原シフトは、抗原ドリフトよりも劇的な変化です。異なる亜型のウイルスが同じ細胞に感染すると、遺伝子情報が混ざり合い、全く新しいHやNを持つウイルスが生まれることがあります。 この新しいウイルスは、私たちの免疫システムが全く認識できないため、大流行(パンデミック)を引き起こす可能性があります。
抗原ドリフトでは、泥棒が少しずつ変装していたのに対し、抗原シフトでは、全く別人に入れ替わってしまうようなイメージです。顔認識システムは、もちろんこの別人を見つけることができません。
このドリフトによってワクチン株と流行株がずれてしまえば、ワクチン効果は低下することがあります。しかし今シーズンのように、流行株がほぼ同じ性質を維持している状況であれば、予防効果が期待できるといえます。
まれではありますが深刻な合併症として知られている「インフルエンザ脳炎」を予防する上でも、ワクチンは大切です。
インフルエンザと脳炎の関係について、ノルウェーの大規模研究があります。
研究では、ノルウェーの全人口521万人以上を対象に、2008年から2014年までの医療記録を詳しく調べました。その中で、68万人以上がインフルエンザと診断され、約2,800人が脳炎を発症していました。
そのデータを用いて検討したところ、インフルエンザにかかってから7日以内に脳炎を発症するリスクが、通常の約48倍にまで高まることがわかりました。インフルエンザ後に、脳炎のリスクが跳ね上がることになります。
一方、インフルエンザワクチンを接種したあとには、脳炎のリスクは高くならないことがわかりました[2]。これは、ワクチンの効果や安全性を裏付ける証拠といえるでしょう。
すなわち、インフルエンザ脳炎は、高熱やけいれんなどを引き起こし、後遺症が残る場合もある怖い病気ですが、ワクチン接種でリスクを減らせる可能性があるわけです。
2024/2025年シーズンは「ワクチンと流行株が合っている」ため、接種している人のほうが守られる可能性が高まります。もちろん、まったく罹らないという意味ではありませんが、重症化を防ぐ可能性が高まるといえます。
2024/2025年シーズンのインフルエンザは、ワクチン株と流行株が一致しているため、接種による予防効果が高いと期待されています[1]。さらに、インフルエンザ脳炎のような深刻な合併症を減らす上でも、ワクチンは有効な手段といえるでしょう。
しばらくインフルエンザの流行が見られなかったことによる「免疫負債」によって、流行しやすい状況になっているため、流行しやすい状況になっていることが、今シーズンの流行につながっているといえるでしょう[3]。
「インフルエンザワクチンは有効である」ことは、多くの研究で明らかになっており、幅広い年齢層で接種する意義があるといえます。手洗い・うがいなどの基本的な対策とあわせて、ワクチンを上手に活用していきましょう。
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