「特別じゃない日」をテーマにした単行本が発売された漫画家・稲空穂さん。SNSで発表して注目を集めた漫画「うちの跡継ぎ」に込めた思いを聞きました。
総菜屋を営む女性は、父親が守ってきた家業を夫と一緒に継ぎ、商店街で人気の総菜屋としてがんばっています。夫とは恋愛結婚ではなく、「家業を守るための結婚だった」と思っていたため、心の中で夫に対して少し後ろめたさを感じています。
家業を支えてくれる夫に感謝しつつも、「彼にも自由な時間を取ってもらい、自分のために過ごしてほしい」と思い、「ひとりで旅行にでも行ってきたら」と提案しますが「俺がひとりで? なら行かん」と断られてしまいます。
「うちからの恩返しだと思って…跡継ぎになってくれたのだって、父さんが無理に私たちをくっつけたからだし…」と口ごもる女性に対し、びっくりする夫。少しためらった後、恥ずかしそうに「あー…逆だよ、逆!」と、跡継ぎになった経緯を話しだします。
夫には両親がおらず、子どもの頃は施設で暮らしていました。いつもコロッケを買いに行く総菜屋の娘のことが気になっており、「高校を卒業したら施設から出るから通えなくなるかも」と伝えると、その娘から総菜屋で住み込みで働くことを提案されます。
ある日の仕事終わり、娘の父と晩酌中に思い切って「娘さんは恋人いるんですか」「あんだけ可愛いから、恋人の一人や二人いるとは思いますけど…」と尋ねると、娘の父は爆笑。「お前…娘はどーみてもお前のこと…よーし俺にまかせとけ!」と娘を呼びます。この娘とはもちろん、現在、惣菜屋を営む女性のこと。
このような経緯で、先代は2人に結婚するよう伝えたのです。恋愛結婚ではないと思っていた夫と、じつは両思いだったことに結婚して30年以上、経って初めて気づいた女性。真っ赤になりながら「旅行の話…私も行こうかな」と言うと、夫は「なら行く」と即答しました。
若い世代の人たちよりも、上の年代に行けば行くほど、大切な人への感情表現が苦手なのではないかと感じています(私の周囲の人の場合ですが……)。
祖父や祖母の話を別々に聞いていると「え! 今の、本人に伝えてあげればいいのに!」とやきもきすることもしばしば。
それでも、「こんなに長い間、一緒に過ごしているということは、私には見せていない、二人だけのやり取りがあるのだな」と思い、祖父と祖母、それぞれの昔話を聞かせてもらっています。