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「チョコレートで三角縁神獣鏡を作ろう」各地の博物館でヒットの理由
チョコレートで古墳時代の銅鏡を作るーー。そんな試みが、全国の博物館などで静かな〝ブーム〟になっています。あるイベントは応募開始1分で「満席」。一体、なぜ? 火付け役の学芸員に魅力を聞きました。
筆者のXのタイムラインに、最近、相次いで流れてくる「三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)」をチョコレートで作る、という謎のイベント告知。発信者は各地の博物館や美術館です。
「三角縁神獣鏡」とは、古墳時代に中国から伝わったとされる銅鏡の一種で、神や獣の細かい模様が刻まれ、直径20センチ超という物もあります。これを実物大で、チョコレートで再現する、というのです。
《 「チョコレートで #三角縁神獣鏡 を作ろう」#ワークショップ は、応募者多数のため、受付を終了しました。》
この日は2月のワークショップの申し込みの受付開始日でした。告知自体も6000近い「いいね」がつく反響を集め、受付を開始すると申し込みが殺到、わずか1分で16組の定員が埋まってしまったと言います。
《お知らせ》
— 熊本県立美術館 Kumamoto Prefectural Museum of Art (@kumamoto_kenbi) January 7, 2025
「チョコレートで三角縁神獣鏡 を作ろう」#ワークショップ⁰~ #バレンタイン ❤️古(いにしえ)の時より愛をこめて~
「誰もが親しみやすい #考古学」をめざして、古代の鋳造方法をチョコレート作りで学ぶワークショップです。詳細は、HPをご覧ください↓↓https://t.co/4nYabzgNi6 pic.twitter.com/kbxGBGPpUd
このワークショップは三角縁神獣鏡をチョコレートで作る〝火付け役〟である、福井市立郷土歴史博物館の学芸員を招待して行うものでした。
熊本県立美術館の教育普及事業担当者は「福井市立郷土歴史博物館さんのおかげで、このような反響をいただけるのは大変ありがたいです」と驚きます。
「発案者への敬意を忘れないようにしたい」と話しつつ、「このワークショップをきっかけに熊本県立美術館の『装飾古墳室』へのきっかけをもってもらう方が増えたらうれしい」と期待を込めました。
いったい、なぜ多くの人を魅了しているのか、火付け役という福井市立郷土歴史博物館の学芸員・藤川明宏さんに話を聞きました。
福井市立郷土歴史博物館で「三角縁神獣鏡チョコ 」のワークショップが始まったのは2013年で、福井では「冬の風物詩」になっている人気企画だと言います。
「申し込みが殺到してすぐ定員が埋まってしまうので、うちでは2年目から抽選にしています。県外からの参加が多く、これまで東は宮城県、西は佐賀県と全国から来てくださいました」
今年の募集では、ついに台湾からの申し込みもあるほど、人気は広がる一方です。
福井の冬の風物詩である三角縁神獣鏡のチョコレプリカ作りワークショップを今冬も開催します。福井市花野谷古墳出土の三角縁神獣鏡から型取りした食品用シリコン製の鋳型にチョコを流し込んで、本物と同じ大きさ(直径約22cm)、同じ模様のチョコレプリカを製造します。https://t.co/Pz3T0BcPkV pic.twitter.com/dFauzfXqeQ
— 福井市立郷土歴史博物館 (@FukuiHistory) January 7, 2025
実は、ワークショップ自体はいたってシンプルです。湯せんで溶かしたチョコレートを、「三角縁神獣鏡」のシリコン型に流し込み、冷やし固めて、取り出して、パールパウダーを塗って金属の質感を出したら、完成。「実際の作業は10~15分ほどです」
でも「単純なお菓子作りではありません」と藤川さん。「やっているのは実験考古学、鋳造体験なんです」と力を込めます。
本物の「三角縁神獣鏡」は、青銅を約900度で溶かして鋳型(いがた)に流し込み、冷やし固めて表面を磨いて、ピカピカの鏡にします。参加者はその手順をチョコレートで体験しているというわけです。
ワークショップでは、チョコレートを冷やし固めている30分間、参加者は甘い香りに包まれながら「三角縁神獣鏡」のレクチャーを受け、鏡の意味や鋳造について学びます。
やっていることや、伝えている内容は「いたって〝くそ真面目〟です」と藤川さん。それでも「チョコレート」が掛け合わされると、普段は博物館に来ない人や、ワークショップはハードルが高いと思っている人にとっての敷居を下げるようです。
「三角縁神獣鏡チョコ 」ワークショップの前身は、今も続く石こうを使った鏡の鋳造体験でした。あるとき藤川さんは「チョコレートを代わりに流し込んだらおもしろいのでは?」と考えたものの、お菓子作りに縁遠かったためテンパリング(チョコレートの温度調節)がうまくいかずに、一度は挫折しました。
その後、2012年に博物館のボランティアをしていたお菓子作りに堪能な人が協力、味も申し分ない、チョコレート鋳造体験の技術が確立しました。
使っている「三角縁神獣鏡」のシリコン型は、福井市の花野谷1号墳で2000年に出土した「三角縁神獣鏡」から型どって、藤川さんが自作してきました。
一番のハードルは、博物館では前代未聞の〝お菓子作り〟に向け、「チョコレートを湯煎するための大量のお湯が沸かせるか」と「チョコレートを固めるための冷蔵庫が確保できるか」ということだったそうです。
この「実験考古学×スイーツ」という異色の掛け合わせは、全国でじわりと広がっています。
世界考古学会議でポスター発表したところ、各国の考古学関係者にも「うけた」そう。藤川さんも早くからワークショップのノウハウを公開し、要請があれば各地に出向いて〝伝授〟してきました。
今や、全国十数カ所の博物館などで同様のワークショップが開かれています。
直伝ルートで伝わったもの以外に、見よう見まねで実践するところや、「チョコで作る銅鏡は8種類から選べる」など独自の進化を遂げたケースもあります。それは「まさに『三角縁神獣鏡』の歴史のようだった」と藤川さんは言います。
本当の「三角縁神獣鏡」は、中国から伝わった「邪馬台国の女王卑弥呼に関わる鏡」とされていますが、まだ中国大陸や朝鮮半島では見つかっていません。しかし、日本各地の古墳からは約500面以上も出土しています。中国から直接伝わったもの以外に、各地でさまざまな工夫をしながら作られていったのではないかーー。
三角縁神獣鏡チョコ も、その歴史をたどるかのように、各地に伝播していっています。
ちなみに開催が〝バレンタイン時期〟と重なっているため、「異色のバレンタイン企画」などと思われがちですが、「とけやすいチョコレートを扱うため、年末年始を除く寒い時期を選んでいるだけ」と、藤川さんは「本家の矜持」を持っています。
「間口は広く、博物館として〝芯〟の部分はぶれさせない」ことが、10年以上も続くワークショップの〝ヒット〟の理由のようです。
さらなる展開が期待される「実験考古学×スイーツ」。土器などの粘土成形体験を「クッキー」で実践している人もいて、藤川さんもチョコレート以外で鋳造ができそうな「水ようかん」や「べっこうあめ」など、新たな素材の可能性も模索し続けているそうです。
冒頭の熊本県立美術館も、2月の藤川さんを招へいしたワークショップだけで終わらせるつもりはありません。「今後は熊本の考古遺物を使ったワークショップを企画していければ」と語っています。
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