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#13 はたらく年末年始

「ズレない時計は面白くない」時計店が大みそかに店を開け続ける理由

大みそかも営業を続ける時計店。時計の修理ができる店は年々減っているそうです。
大みそかも営業を続ける時計店。時計の修理ができる店は年々減っているそうです。 出典: 朝日新聞社

目次

大みそか。街は年越しのための買い出しに来た人々でにぎわいます。一方、都心から離れた練馬区の時計店では、少し変わった理由で大みそかもお店を開けているそうです。時代と共に移り変わってきた、時計店の年越し事情を聞きました。(朝日新聞デジタル企画報道部・武田啓亮)

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ズレない時計はつまらない

12月中旬、練馬区上石神井の住宅街にある「富屋時計店」を訪ねました。

取材の約束をした午後2時の少し前に、店に入ります。

練馬区の住宅街にある時計店。半世紀近い歴史があるそうです
練馬区の住宅街にある時計店。半世紀近い歴史があるそうです

間もなく、こぢんまりとした店の中で、壁時計が午後2時を示し、一斉に鳴り始めました。

「今どきの電波時計は、あんまり面白くないよね。ズレがないから、全部同じなんだもの」

そんなぼやきを口にした店主の富谷文則さん(79)が、この場所に店を構えたのは48年前のことでした。

現在、息子の健司さん(52)と2人で店を切り盛りしています。

親子で時計の販売や修理をしているそうです
親子で時計の販売や修理をしているそうです

店では時計の販売だけでなく、点検や修理なども引き受けています。

「ここは都心から距離もありますし、今はネット通販全盛の時代ですから、クリスマスや年末商戦の盛り上がりはそれほど感じないですね」と健司さん。

それでも、毎年大みそかまで店を開ける習慣を続けているそうです。

「父の時代からの風習というか、ポリシーみたいなものなんです」

出稼ぎの父親が

文則さんは18歳の時、青森県から集団就職で上京しました。

31歳で独立して今の店を構えるまで、吉祥寺の時計店で修理の腕を磨いていたそうです。

「当時働いていた店があったのは、今パルコがあるあたりの、駅前の一等地ですよ。クリスマスから年始にかけて、とにかくにぎやかでしたね」

サンタクロースの格好をした人がケーキを売ったり、鼻眼鏡で仮装した売り子がいたりといった様子を語る文則さん。

高度経済成長で日本が急速に豊かになりつつあった時代、モノがよく売れたといいます。

「時計もですが、クリスマスには特にライターがよく売れました。今じゃ考えられないですが、灰皿などと一体化した喫煙具の卓上セットなんてものもありました」

時計店で喫煙具が売られているのは不思議に思えますが、当時はありふれた光景だったそうです。

「今で言うところの、ファッションアイテムというくくりでしょうね。昔は喫煙率も高かったので、男性向けの定番商品の一つでした」

1981年3月10日の朝日新聞で「男の小物」として紹介されたシガレットケース
1981年3月10日の朝日新聞で「男の小物」として紹介されたシガレットケース 出典: 朝日新聞社

大みそかに店を開けるのは、そんな時代から続く風習だそうです。

「出稼ぎで年末ギリギリまで働いていた父親が、故郷の子どもにお土産を買っていくんです。けれど、なかなか開いている店が見つからない。そうした人たちのために店を開ける習慣があったんです」

子どもへのプレゼントには腕時計や目覚まし時計を買っていく人が多かったそうで、特に小さな子どもの場合はキャラクターものの時計がよく売れたそうです。

「キャラクター商品は難しいですよ。特に最近は流行り廃りが早いし、好みも多様になっているから、小さな店では仕入れづらいですね」

富屋時計店で販売している置き時計。どうしても売れ筋は「無難な」デザインのものが中心になるそうです
富屋時計店で販売している置き時計。どうしても売れ筋は「無難な」デザインのものが中心になるそうです

時が経ち、現在では「出稼ぎの父親」という客層そのものがほとんどいなくなりました。

「大みそかも客足は普段と変わりません。それでも、この習慣は続けようと思います」

時代が変わった

健司さんによると、年々、遠方からの修理を依頼するお客さんが増えているそうです。

健司さんは、町の時計店が少なくなり、修理ができるお店が少なくなったことが影響しているのではないかとみています。

「私が子どものころは、このあたりに4~5件の時計店がありましたが、今ではウチだけです」

店の棚には、様々な時計メーカーの部品が詰まった小さなケースが並んでいます。

古い時計で、既にメーカーにも部品がない場合、こうしたストックから部品を取り出して修理できないか試みるのだそうです。

店の棚に並ぶ部品入りのケース。今では入手困難の部品も多いそうです
店の棚に並ぶ部品入りのケース。今では入手困難の部品も多いそうです

「時計店同士で珍しい部品を融通しあうこともありましたが、時計店の数が少なくなり、こうした横のつながりも減りつつあります。自分で部品を作ってしまう超すご腕の職人もいますが、それをできる人はごくひと握りです」

そして安価なものなら数千円で腕時計が買えてしまう時代。「高級品をのぞけば、修理してまで同じ時計を使う人は少ないでしょうね」と健司さんは指摘します。

文則さんは「安価な時計には、使い捨て前提でそもそも修理できるような構造になっていない製品もある。これはあまりにも寂しいよね」とこぼします。

時を重ねて

年が明けると、1月中旬ごろから店には受験生やその親が訪れるようになるそうです。

「試験用の時計を買ったり、ずれた時計を直したりしに来る方が多いです」と健司さんは話します。

2000円前後の安価な時計を購入していく人が多い中、「父の時計を試験会場で使いたいので点検やベルトの調整をしてほしい」といった依頼もあるそうです。

腕時計の心臓部の状態を調べる文則さん
腕時計の心臓部の状態を調べる文則さん

「長く使ってもらえると、うちの店で買ってもらったものでなくても、少し嬉しくなりますね」と健司さん。

文則さんは「人が手を入れてやることで、持ち主と一緒に時を重ねていくのが時計の面白さだと思う」と話します。

「派手な商売ではないけれど、この場所で長く細く、続けていくつもりです」

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