都会で長らく続いてきた、大晦日から元旦にかけての鉄道の「終夜運転」。実施する鉄道会社はなぜ、そしてどのような想いで、年末年始の特別な営業に臨んでいるのでしょうか。沿線に高尾山など初詣や初日の出鑑賞の需要の高い名所を有し、全席座席指定の京王ライナーなど利用者のニーズに応えるサービスを提供する京王電鉄に話を聞きました。(ライター・我妻弘崇)
大晦日深夜から元日早朝にかけて運行される電車の「終夜運転」。その歴史は古く、明治後期までさかのぼる。
今年も、首都圏の大動脈としての機能を果たすJR東日本をはじめ、終夜運転を行う鉄道会社は複数存在する。一方で、終夜運転を行う私鉄は限られ、新宿駅から高尾山口駅までの終夜運転を行う京王電鉄は、大晦日~元旦のインフラを支える数少ない私鉄の一つだ。
「かつては他の鉄道会社も運転されていたと思うのですが、コロナ禍になったことで、大晦日の夜に外出せず、家でゆっくり過ごされる方が増えたと感じます。そうした影響もあって、終夜運転をしなくなった鉄道会社もあると思われます。
しかし、私たちは京王線沿線に深大寺、大國魂神社、高幡不動、高尾山薬王院といった由緒ある神社仏閣が多いため、初詣に行かれる参拝者の方を輸送する役割を担うという意味で続けています」
そう話すのは、京王電鉄鉄道営業部運転担当・阿部嵩広さん。京王電鉄の終夜運転は「平成になる頃には定例化した」といい、「少なくとも40年以上は続いている」と続ける。
阿部さんが話すように、終夜運転を行う鉄道会社の沿線には、たくさんの初詣客が訪れるだろう名刹(めいさつ)、古社がある。
例えば、京成電鉄沿線には成田山新勝寺、柴又帝釈天が。近畿日本鉄道(近鉄)沿線には伊勢神宮を筆頭に多数の神社仏閣が集う。コロナ禍を機に終夜運転を止めてしまった鉄道会社も多いが、今現在も終夜運転を続ける鉄道会社は、初詣との密接なつながりがあるというわけだ。
実際、高尾山薬王院への参拝と、山頂からの初日の出を目的に訪れる高尾山口駅には大勢の利用者であふれかえるという。高尾山口駅を管轄する、同じく鉄道営業部京王西管区長の猪野寛次さんが、その様子を説明する。
「駅からケーブルカーのある高尾登山電鉄まで長蛇の列ができるほどです。また、コンコースには待ち合わせのお客様も多数います。そのため、滞留しないように、駅の係員に加え、警備員も手配することで、可能な限り混雑を生まないように努めています。明け方近くになると、高尾山への入山規制がかかることも珍しくないため、深夜帯から多くのお客様が訪れます」
配置される駅員の数は、「駅によって異なる」と前置きした上で、「早番、遅番と区切る形で勤務します」と猪野さんは話す。新宿から高尾山口までは37駅あるため、多くの駅員が大晦日の深夜帯に駐留していることが分かるだろう。
また、駅構内にいる駅員(係員)は、あくまで駅のスタッフであり、乗務員である車掌、運転士は別途、終夜運転用に確保しなければならないそうだ。
「駅の係員が電車の運転士や車掌を兼ねることは、京王電鉄の規則ではできません。運転士や車掌は乗務区という部署に属し、駅の係員とは異なるんですね。乗務区が、終夜運転を担当する乗務員を手配します」(阿部さん)
新宿駅から高尾山口駅までには、3カ所の乗務区があるそうで、この乗務区が乗務員たちの職場兼休憩を取る場所になるという。これは終夜運転でも変わらない。
「京王線の乗務区は桜上水駅、 高幡不動駅、そして京王相模原線の若葉台駅にあります。終夜運転の際は、終電前に出勤して制服に着替え、アルコールチェックなどをしてから終夜運転に備えることになります」(阿部さん)
運転は、運転士と車掌の2人セットで行われる。今回の終夜運転では「おおよそ20人程度の乗務員が必要」と阿部さんは話す。
そして、3カ所の乗務区で休憩しつつ、始発まで運転に携わる。終夜運転で桜上水駅と高幡不動駅を通過するときは、「ご苦労様です」と心の中でつぶやこう――と思ったのは、きっと筆者だけではないはずだ。
その上で、運行管理を行う「運輸指令所」も終夜運転時には稼働する。遅延が生じた際にダイヤ調整などを行う部署だが、駅と電車が動いている以上、何が起こるか分からない。
「『京王ライナー迎春号』が運行するため、各駅停車の追い抜きも発生します」と語るように、どの電車がどこを走っているかを随時管理しなくてはいけないため、通常10人程度がいる「運輸指令所」にも半数の5人程度を配置し、運行を見守るという。
普段、動いていない時間帯に電車が動く。そんな特別な運転を実行するために、数多くの係員が働いていることが分かるはずだ。
京王電鉄の終夜運転は、「京王ライナー迎春号」に加え、各駅停車を新宿~高尾山口間で概ね60分間隔で運行する。「電車が終夜走っているだけでも助かるのだから、2時間に1本でもいいのでは?」と考えてしまいそうだが、これにも理由があるという。
「新宿方面の上り電車に関しては、利用されるお客様が相対的に少ないため、たしかに乗降者数は限られます。しかし、電車は新宿駅から高尾山口駅に到着した後、再び折り返さなければいけませんから、車両運用的な都合も鑑みないといけないんですね」(阿部さん)
また、利用は初詣に限った話ではない。
「コロナ禍によって大晦日のイベントは減少してしまいましたが、以前はアイドルの大晦日ライブなどがある際は、24時過ぎにたくさんのお客様が都心から帰られました。そうした大晦日イベントを楽しまれた方が、比較的すぐに帰れるように京王電鉄では60分間隔で運行するようにしています」(阿部さん)
JR東日本が終夜運転を行っているため、新宿まではたどり着くことができる。だが、そこから先の私鉄が動いていなければ、始発まで足止めとなってしまう。早く帰って、自宅でのんびりしたい沿線在住の人にとっては、こうした痒い所に手が届く配慮はとても助かるはずだ。
「弊社は日本一のサービスを提供する鉄道を目指しておりますので、大晦日~元旦と言えども品質を落とすわけにはいかないなと。お客様に気持ちよく大晦日、元旦を過ごしていただけたらと思っています」(猪野さん)
地域住民のインフラとして大晦日~元旦という特別な時間をつなぐために、レールの上を文字通り“奔走”するのだから、頭が下がる思いだ。
前出の猪野さんは、終夜運転ならではの空気感があると話す。
「弊社を利用されるお客様は、通勤通学の方が多いため、いつもは慌ただしい雰囲気があります。ですが、大晦日から三が日にかけては、お客様の動きがゆっくりされていて、空気も和やかですね。家族連れの方、友人たちと楽しそうにされている方、この時期だけの時間が流れています」
たしかに、このときばかりは駆け込み乗車をする人も少なそうだ。のんびりと思い思いに新年を楽しみたい。そんな人々を乗せて、電車は終夜運転されている。
でも――。それだけみんながゆっくりしているのだから、「お二人も休みたいと思いませんか?」と水を向けてみた。「う~ん」と少し考え込んで、「それが当たり前になっているので、年末だから休みたいという気持ちはないですね」と、猪野さんも阿部さんも揃って笑う。
「私が本社勤務だったとき土・日・祝日に家にいるから、逆に家族からは『どうしているの?』と思われたくらい(笑)。大晦日の夜は、駅でたくさんのお客様が降りていく様子を見守る方がしっくりくるんでしょうね」(猪野さん)
高尾山は、2007年に富士山とともに最高ランクのミシュラン星3つを獲得したことで、多くの観光客が訪れるようになった。コロナ前までは、大晦日の夜から三が日までの約3日間で、5~7万人ほどの来訪客が高尾山口駅を利用。コロナ禍を経て、その数は4万人ほどに落ち着いてはいるものの、いつも以上ににぎわっていることは明白だろう。
猪野さんと阿部さんが、このときならではのおすすめの楽しみ方を教えてくれた。
「北野駅を出て京王片倉駅に向かう途中、富士山が大きく見えます。晴れていれば明け方は特にきれいですから、元旦の早朝に高尾山へ来られる方、あるいは高尾山から帰られる方は、ぜひ見てみてください。
また、千歳烏山~仙川間は線路がまっすぐで、正面に富士山がくっきりと見えるため、1車両目にいると富士山に向かって走っているような景色が楽しめます。運転士も気に入っている景色なんです」(猪野さん)
大晦日の終夜運転は、明治後期に始まったと冒頭で触れた。当時は、年内に取引を済ませたい商人の「足」として慣習化したと言われ、昭和になると初詣客のための「足」へとその役割を変える。
平成になり、年末イベントが多数開催されるようになると、初詣客に加え娯楽客の「足」となった終夜運転の車両は、より一層、ハレの空気に包まれるようになる。そのときどきの時代の雰囲気を終夜運転は運んでいる。
萩原朔太郎の『純情小曲集』という詩集の中に、「旅上」という詩がある。
「汽車が山道をゆくとき みづいろの窓によりかかりて われひとりうれしきことをおもはむ」
鉄道は単なる交通手段を超えて、人々の想像力をかき立てる乗り物だ。いつもは動いていない時間に乗る。そこには働いている人がいる。
いつも以上に想像力を働かせて、終夜運転に乗ってみよう。
(了)
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そば屋、神社、清掃工場、銭湯、介護現場……多くの人がお休みをとる年末年始も、変わらず働く人たちがいます。どんな思いで働き、どんなストーリーがあるのでしょうか。