年末年始は、自宅で家族そろって年越し、年明け――そんな団らんが、当たり前ではない環境に置かれる子どもたちもいます。それが、小児病棟に長期入院する、重い病気を持つ子どもたちです。大みそかや三が日を病院で迎える子どもたちの側には、もちろん医療スタッフたちの存在があります。大学病院で重症の子どもたちを診察する、年末年始の小児科医の仕事について、医師らに話を聞きました。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
話を聞いたのは、群馬大学大学院医学系研究科小児科学分野の医師たちです。大津義晃さんは医師になって21年目、西田豊さんは19年目と、病棟を支える中堅以上のスタッフ。
「年末年始も病気と闘っている子どもたちとその家族がいて、そんな方々を支えるために私たち病棟のスタッフも一緒にいるということを知ってもらえたら」という思いで、取材に応じてくれました。
二人が勤務する群馬大学医学部附属病院では、第三次医療と呼ばれる高度な医療を提供しています。「小児科」というと、かぜやちょっとしたケガでかかるイメージもありますが、大学病院の場合は、小さく産まれた赤ちゃんから小児がん、重いアレルギー疾患など、命にかかわるような状態で長期入院する子どもたちが多いそうです。
「半年とか、人によっては1年とか、長く入院されているお子さんもいらっしゃるので、小児病棟では年末年始も、多くの方が入院されているかな、と思います」(大津さん)
通常、入院しているのは20人超の子どもたち。年末年始も、一時的な外泊をする子どもはいるものの、例年はその半分以上、15、6人が入院を続けているといいます。小児科の医師もその治療のため、年末年始といった世の中の雰囲気とはあまり関係なく、勤務しているそうです。
そんな病院の中では、どのような雰囲気で年越し、年明けを迎えるのでしょうか。大津さんは「(世間の年末年始らしい雰囲気は)テレビの中の世界ですよね」と言います。それは比喩ではなく、「病室のテレビを点ければみんな楽しそうにしているけれど……」という、現実との乖離がある状況だということでした。
「でも、入院食のうち、常食(アレルギーなどの制限のない食事)は、31日にはおそばが出たり、1日には栗きんとんが出たりします。病院の管理栄養士さんに、子どもの食事は少しでも季節に合ったものを、という思いがあるようで、少しでも年越しや年明けのムードが漂うような内容になっています」(大津さん)
そういう食事は、子どもたちにも喜ばれるのでは、と質問すると、回答は記者の想像とは少し違いました。
「もちろんうれしそうだし、一方で、『本当はここで食べたくなかった』という気持ちもあるから、複雑ですね。
子どもたちには年末なら『今年よく頑張ったね』、年始なら『今年も頑張ろうね』と明るく声をかけたいし、そういう環境で働きたいと思っています」(大津さん)
大学病院には、年間に発症する人が国内でも数十人しかいないような病気の患者が集まる傾向にあり、スペシャリストでなければ治療できない疾患が多いといいます。そのため、例えば新生児、血液、アレルギー……というように、小児科の中にも専門ごとにグループがあるそうです。
スタッフ全体の数はある程度、確保できていても、各グループの医師は3、4人になるので、当直勤務の割り当ても含めて、9連休の今年であれば4~5日は出勤している、ということでした。
さらに、西田さんはここ10年ほど、大みそかに「外勤」と呼ばれる、勤務先の病院と提携している小児科医が少ない地域の診療所に行き、救急外来を受け持つことを続けているそうです。
「人手が足りない医療施設というのはやはりありますし、そういうところを手伝うのも、あくまで群馬の場合ですが、大学病院の大事な役割です。他にも、重度心身障害者の施設などの提携先で勤務する医師もいるので、年末年始は関係ない人の方が多いと思います」
毎年、大みそかに外勤をする西田さんは、1日から病棟勤務をする年もあったそうで、年越しは「一時的な休息という感じ」。例年、31日は1日中診察をしてから帰宅すると話します。その忙しさは、紅白歌合戦を「帰りの車の中でラジオで聴いた年もあった」ほど。
自分も家族とは過ごせないものの、家族は「大事な仕事だから」と理解してくれているそうです。
また、病院全体としては休むスタッフも多くなる年末年始には「検査体制などが弱くなってしまう」という事情もある、と西田さん。
「今年は9連休で、我々からすると受け入れの体制が十分ではない状況とも言えます。ですので、このタイミングでひどい症状の人が入院してしまうと、より専門的な検査ができないとか、そういう状況への不安がある。実は連休が長いと、厳しいんです」(西田さん)
大津さんも「連休が長引いたときに来院される患者さんは、とことん重症になってから来る人が多い」と話します。
「世の中の機能と連動して、かかりつけのクリニックや一般病院がほとんどストップしているので、調子が悪くても自宅で様子を見ていたり、休日診療でなかなか診てもらえなかったりするためです」(大津さん)
だからこそ「世の中が休みのときこそ、私たちはしっかりしなくちゃいけない」と、大津さんは覚悟をのぞかせます。
長期入院をする子どもたちのために、群馬大学附属病院では小児病棟に専用の居室である「思春期ルーム」を設けることにし、その資金を募るクラウドファンディングが2023年の初めに大きな話題になりました。
4人部屋の病室を改装し、思春期の患者のためのスペースに。思春期ルームにはテレビやPC、本やマンガなど、そして同世代で語らうためのソファーやテーブルが置かれます。
プロジェクトは当初の目標の800万円を大きく超え、2500万円以上を集めて成功しました。
資材調達の遅れなどがあり、1年ほど予定より遅れ、今年度中には運用開始ができそう、ということでした。このように、長期入院の子どもたちの環境を良くする試みも、同院では行われています。
それでも、「本来はこのような(長期入院を前提にした)部屋が必要なくなるのが理想」であり「年末年始も子どもたちが家に帰れるようにしたい」というのが小児科医としての願いであると、二人は話します。
「入院している子どもたちには、年末年始などに関係なく支援が必要だということを、ぜひ知ってほしいと思います」と大津さん。
西田さんも「年末年始は多くの人が楽しく家族で過ごしているのに対し、長期入院が必要な、非常に難しい病気と闘っている子どもがいて、そういった子どもたちは面会時間も限られるため、家族と長時間、過ごすことが難しいということが、意外と知られていないのかもしれません」と話します。
誰もが病気になり得る以上、多くの人が「当たり前」だと思っている自宅での家族団らんは、当たり前ではないということに、記者もハッとさせられました。
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そば屋、神社、清掃工場、銭湯、介護現場……多くの人がお休みをとる年末年始も、変わらず働く人たちがいます。どんな思いで働き、どんなストーリーがあるのでしょうか。