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〝視線〟で描いた絵がTシャツに…寝たきりの男性とアパレルの合作
色とりどりのペンキを一気にまいたかのような柄で染め抜かれたロゴTシャツ。色が飛び交うこの 「模様」は、実はある人の「目の動き」で描かれています。素早く視線を動かすと、細く鋭い線に。ゆっくり、動かすと太くにじむような線に……。思わず見入ってしまったTシャツができあがるまでを取材しました。 (朝日新聞デジタル企画報道部・高室杏子)
10月上旬、東京の国際展示場で開かれた国際福祉機器展。セレクトショップのようなブースがありました。マネキンがまとっているのは西陣織のツーピース。ハンガーラックにはシルバーのジッパーが目を引くライダースジャケット。
鮮やかな絵柄でロゴがプリントされたTシャツは机の上に並んでいました。傍には寝そべった男性がパソコンの画面を見つめる写真が置かれていました。
「彼が目で描いた作品をいかしたデザインです」「彼と一緒に作ったTシャツです」
アパレルブランド「NUD.(エヌユーディードット)」の服のデザインを担当し、代表もつとめる谷口藍さんは、ブースに来た来場者たちに机の上にある写真を示しながら、Tシャツを紹介します。
谷口さんに尋ねると、「彼が障害者だからチャリティーとしてやっているんじゃなくて、彼と一緒にTシャツを作って売る仕事をしています。彼の絵から透ける発想、色使い、線と点の走らせ方からはこれまで知らなかった世界観を感じます」と話します。
Tシャツの絵柄は鹿児島県曽於市の松岡大地さん(29)が視線入力装置「EyeMoT」で描いたものです。視線入力装置は、人間の目の動きでコンピュータやタブレット端末のマウスをコントロールすることができるコミュニケーションのツールです。
絵を描くときは、素早く視線を動かすと、細く鋭い線に。ゆっくり、動かすと太くにじむような線に。じっと見つめたところは、インクが垂れたような表現になるそうです。Tシャツの「NUD.」のロゴの枠は、大地さん の描く世界をのぞかせる「窓」の役割を持っているようにも思えます。
大地さんの母親の千夏さんによると、大地さんは11歳の頃に、副腎白質ジストロフィー(ALD)と診断されました。診断された当時は野球の好きな活発な子どもだったといいます。
小学5年の夏ごろに、宿題や授業のノートの字が乱れがちになったり、算数と国語の授業についていけなくなったり……といった困りごとが出てきました。勉強する環境や必要な配慮について相談をしにいった教育センター では、学習障害だと判断されたそうでしたが、その後、斜視の症状が目立つようになりました。病院で検査を重ねた結果、ALDだとわかりました。
ALDは進行性の指定難病で遺伝性の病気です。小児で発症すると、徐々に知能や視力、聴力が低下、斜視や歩行時に足がつっぱるなどの症状があるといいます。現在では 、早期発症や症状が出る前なら 骨髄移植などによって治療ができる可能性もある病気です。
ALDとわかったときには、大地さんはすでに視力が落ち、視野も欠けていました。医師からは「これから目が見えなくなり、歩けなくなり、話もできなくなる」と告げられました。その日は12月21日 。母の千夏さんは4日後のクリスマスプレゼントに野球のスパイクを用意していましたが、渡せずにいました。
「病気だから仕方がないとあきらめなくてはいけないことが増えていくのか」「こんな残酷な病気ない」――。千夏さんたち家族はやるせのない思いを持ちながらも、千夏さんの記憶の中の大地さんは「めったに弱音を吐かなかった」と言います。
「元気なうちに行こう」と東京へ旅行に行ったり、大地さんの好きなチョコレートのケーキを食べたり「これからできなくなったり難しくなってしまうこと」を一つひとつ叶える日々を送りました。
しかし、診断から1年経つと、転ぶことも増えて歩くことも、話すこともできなくなり、バギー型の車いすで寝たきりの状態になりました。
身体を動かす範囲、コミュニケーションのすべが減ってしまっても、大地さんは、好きなアニメを見るときや、家族やその近くにいる人が会話してるそばでは手を上下させたり、何度もまばたきをしたり、感情を表現します。
病気の進行にともなって、「できないこと」が増えていく大地さんの姿に千夏さんは、 「これからできること、いままでしてこなかったこと、少しでも探したい」という思いがありました。
大地さんが特別支援学校の高等部を卒業した頃、千夏さんはコミュニケーションの道具として視線入力装置があることを知りました。
大地さんに初めて使ってもらったときには、画面に表示された風船を見つめると割ることができるゲームに大地さんが挑戦。「割れたのを見たときは、できないことの方が多くなってきた大地にもできることがあることがうれしかった。生きる力を改めて感じたんです」と振り返ります。
そのうち、視線入力装置を使ったゲームだけでなく絵を描くことにも挑戦し始めた大地さん 、父親の建築鈑金の会社の看板や、弟の結婚式で参加者にプレゼントしたネクタイピンやネックレス、千夏さんが愛用するかんざしなどに加工されています。
千夏さんは「力強い線が大地らしい」とほほえみます。
今年9月、NUD.はSNSで重度心身障害のある人が視線入力で描いた絵を募りました。視線入力装置がコミュニケーションの道具として注目されていることを知り、その作品の数々に「これまでになかった価値観」を感じての企画でした。
公募があることを知った千夏さんは、重度心身障害のある人を対象にした公募だけれど、チャリティーではない点やNUD.の理念にひかれ大地さんが昨年9月に描いた絵を送ったといいます。
「採用したい」と連絡があったと千夏さんから告げられると、大地さんは驚いたように目を見開いて感情を表したそうです。「うれしそうだった」と千夏さんは振り返ります。
大地さんの絵が使われたTシャツ は1枚6800円(税込)。売り上げの10%がデザイン料として大地さんの収入になります。千夏さんも「できないことだと諦めることが多かった分、大地にできることがある、いろんな可能性があると、ひとから認めてもらえたことがうれしいです」と話します。
障害のある人を含め、アートについて正規の教育を受けてきていない人が自発的に生み出した絵画などの作品のことを「アール・ブリュット(生の芸術)」といいます。障害のある人のアール・ブリュットの作品を布などにプリントし、ネクタイやスカーフなどの雑貨として販売する動きは「ヘラルボニー」など先例があります。
一方で、NUD.では、「脱がなくても点滴が受けられるライダースジャケット」「袖を通さなくても着られるブラウス」など、その障害があることで生まれたデザインを取り入れた服を販売しています。例えば、ライダースジャケットには二の腕袖部分にジッパーが取り付けられており、開閉できる上にそのジッパーがアクセントとして目を引きます。
大地さんの視線入力の絵をいかしたTシャツも、大地さんだから描けた絵が使われており、「NUD.の文字の枠を通して大地さんの世界を見てほしい」という思いが込められています。
谷口さんと共同でブランドを立ち上げた兵庫教育大学教授の小川修史さんは「松岡さんの視線入力でしか表せない、障害があるからこそ表現できた世界が絵の中に広がっている。たった1枚の絵として売るのはもったいないです」と話します。
ブランド名の由来は「NextUD(ネクスト・ユニバーサルデザイン)」。従来の「誰にとっても使いやすい」ユニバーサルデザインに、「使うひとが幸福感/満足感が得られるかどうか」の視点を追加したデザインの考え方です。
谷口さんと小川さんは、2022年にはパリで、昨年秋は東京で「車いすだから映える服」をファッションショーで披露した団体のメンバーとして、「腕に麻痺があると袖を通しにくい」「片足立ちが左右でできないとパンツなどのボトムスが履けない」などの悩みを起点にデザインした服を披露しました。
「継続的に服をつくり、新しいユニバーサルデザインを世に提案していきたい」とブランドを立ち上げました。
ブランド名に付け加えた「.(ドット)」は「時代」という意味。障害の有無にかかわらず、誰にとっても使いやすく、誰にとっても「おしゃれだ」と満足するデザインがあふれる時代にしたいと望みを込めたと谷口さんは言います。
「障害のある方の作品を使った商品を売る、ではなくて、お客さまがいいな、好きだなと思ったデザインが、実は障害のある方が作ったものだったというのが自然だと思う。そのために、障害のある方の世界観を教えてもらいながら共につくることを軸にしていきたい」
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