連載
#15 withnews10周年
雑誌も原爆ARも…すべては核問題考えるため 3世の〝伝える〟挑戦
環境問題や平和教育――。大事な社会課題について、これまで興味を持っていなかった人にも関心を持ってもらうにはどうしたらいいのでしょうか。YouTubeで社会課題に関する発信をしている、RICE MEDIAのトムこと廣瀬智之さんと、被爆3世というルーツを持ち、核廃絶を目指す活動を続けている中村涼香さんの2人に、withnews編集部の金澤ひかりが「届け方、どうする」をテーマに話を聞きました。(構成・武田啓亮)
廣瀬智之さん
1995年生まれ。立命館大学卒業後、2019年、社会課題に関心を集めることを目的にした「Tomoshi Bito」(福岡市)を起業。21年から「RICE MEDIA」での発信を開始。YouTubeでは、使い捨てプラスチックやフードロスなどの社会課題を題材に、自らの実践も交えた動画が人気に。「トム」の愛称で親しまれている。「社会課題を誰にとっても身近に」という思いから、日本の食卓のシンボルであるライス(お米)をメディア名にした。
中村涼香さん
2000年生まれ。 上智大学総合グローバル学部卒業。 被爆者の祖母を持つ被爆3世。高校時代から被爆地長崎を拠点に、核兵器廃絶を目指す平和活動に参加。 2021年に学生団体「KNOW NUKES TOKYO」を設立。国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」のパートナーとしても活動し、核兵器禁止条約を推進している。原爆投下のキノコ雲を疑似体験できるアプリの開発に携わるなど、若年世代に核の問題を届ける方法を模索している。
金澤:被団協がノーベル平和賞を受賞したというニュースを聞いた時、色々と胸に来るものがありましたが、中村さんはどんな感想を持ちましたか?
中村:正直、複雑な思いがありました。受賞されたことは嬉しいことですし、喜ばしいことなんですけども、もっと早くそういう契機が作れていたらよかったのかなと。
すでに亡くなっている被爆者の方もたくさんいらっしゃいますので、嬉しい気持ちと、複雑な気持ちと半々で聞いていました。でも、これを機に、国際的に被爆に焦点があてられるというのはよいことだと思います。
金澤:今回のメディアの伝え方でも、受賞以前に亡くなられた方々の声を改めて伝える報道がありました。これまでの積み重ねがあって今があるということを改めて認識した出来事でした。私が中村さんに注目した最初のきっかけが、中村さんが発行された「RIPPLES」というフリーペーパーでした。こちらを紹介していただいてもいいですか?
中村:トムさんと最初にお会いした、短期間で事業成長を目指すアクセラレーションプログラムの一環で作った雑誌です。被爆もしくは核兵器の問題がすごく身近なところにあるにも関わらず、どこか遠いトピックというか、日常生活のシーンの中では出てくることのない話題だったりするので、それをいかになじませていけるかというのが一つのテーマでした。
金澤:RIPPLESってどういう意味なんでしたっけ?
中村:英語で「波紋」という意味なんですけれど、今までこの問題を中心的に語る人が政治家だったり専門家だったりと限られていたなかで、それを外側にいる人にもちょっとずつ広げていきたい、一緒に話していける空間を作りたいという思いでこのタイトルを付けました。
金澤:雑誌の最初の方は長崎の観光とか、おすすめポイントなどをフランクに紹介する内容なんですよね。でも後ろの方をめくっていくと、ウクライナの話であったり、平和について考えさせる記事が増えるつくりになっていて、伝え方について工夫されているなと感じました。
金澤:トムさんはショート動画などに力を入れています。尺の取り方やテーマ設定など、伝え方のポイントを教えてもらってもいいですか?
トム:僕たちが一番届けたい層は、これまで社会のことを考えたことがなかったり、まだ関心を持てていなかったりする人たちです。入り口を作っていこうという考え方でやっています。テーマ設定としては自分たちの暮らしに直接結びついているものとか、まず一歩目を踏み出しやすそうなテーマから選んでいます。
金澤:なぜ動画という方法、さらにいうと、ショート動画という方法にたどりついたのですか?
トム:従来のSNSは、気になる人をフォローしたりして、自分が取りたいものを取る使い方で、情報の受信者側が選ぶというのが元々の在り方だったと思っています。
ショート動画が出てきた時に構造が変わったと思っています。情報の受け手はただSNSの前にいるだけで、おすすめを見ていたらAIが「これどうですか」「あれどうですか」と流してくれる状態になったじゃないですか。これは悪い面もあるかもしれないけれど、良い面もあると思っています。
例えば、「地球温暖化 解決策」とキーワード検索する人って多くはないと思うんです。わざわざ検索をしない人にどう情報を届けるかというのがすごく難しかった。
このAIのアルゴリズムをうまく使うことができたら「わざわざ検索はしないけど、面白いコンテンツを届けてくれさえすれば見ます」みたいな、これまで無関心だと言われていた「未認知層」にも情報を届けることができるんじゃないかと思っています。
金澤:中村さんはウェブでの発信についてどう考えていますか?
中村:これまでの反核運動の主な媒体は紙でした。被爆証言も、証言集だったり、口伝だったり、若い世代が情報収集に使っているようなSNSの情報の流通からかけはなれたところにあります。
被爆体験を伝える側も、どうしたらそうした世界に入れるかを模索されていて、そのなかで上の世代と下の世代が協力するシーンは生まれていました。でも、短い時間の中で語るというのはすごく難しいなとも思っています。私もまだ、ウェブに特化したコンテンツは作れていません。
この複雑で言葉も多くなってしまうテーマを、どうしたら端的に伝えていけるか。あるいは、そもそも端的な情報として処理してしまっていいのか、という葛藤もありつつ、被爆者の方や上の世代の方と対話・議論をしながら今後も詰めていきたいなと思います。
被爆者の方の声を直接聞ける残された時間を考えると、本当にここ数年が最後のチャンス、過渡期にあるんじゃないかと考えています。
金澤:端的に、短く伝えるのが難しいテーマもあるなか、これは相手にしっかりと伝わったなという手応えを感じた取り組みはありますか?
中村:雑誌を発行した時に開催した対面イベントで、iPhoneとイヤホンを置いて被爆者の方のインタビューの音声を会場で聞けるようにしたことがありました。
そこで来場者が足をとめて、音声をじっくり聞いて帰っていく様子を見たときに、私たちが意図していたことが伝わったのかなと感じました。
夏に渋谷のスクランブル交差点にキノコ雲を浮かび上がらせるARアプリを作ったのですが、これもARだけで全てを物語ることができるという意図で作ったわけではなく、ショート動画が好まれるなかで、どうしたらパッと見たときにインパクトがあり、引きつけられるコンテンツが作れるかというところが私たちのテーマでした。
ARアプリという導線の先として、「あたらしい原爆展」という企画展を開催したんです。そこには小さいお子さんからおじいちゃんおばあちゃんまで来てくださいました。
会場の最後にはChatGPTも置いたのですが、色々な展示を見た後で、小学生くらいの男の子が「なんで僕たちの生きる未来なのに、大人たちは核兵器を作ったんですか」という質問を残していました。その質問を見た時に、「伝わったな」というか、その子なりに色々と考えて出した質問なのかなと考えると、グッとくるものがありました。
金澤:色々な層に届けるための仕組みづくりがうまくいったのには、どんな要因があったのでしょうか?
中村:全て自分たちでコントロールできたわけではなくて、日本が唯一の被爆国だからこそ、新聞やテレビの中にも「伝えなくては」と思ってくれる人がたくさんいるという背景があります。
この取り組みは、8月という、原爆について考えることが多い季節に合わせてリリースしました。それがうまくマッチした。
これは「8月ジャーナリズム」と批判されることもありますが、他の社会課題と比べて見たときに核の問題、被爆の問題は8月には必ずフォーカスされるという性質は特別なものだと思います。そこを上手く活用していくしかないのかなとも思いましたし、SNSでどうやって情報を流していくのかというのはまだまだ試行錯誤のさなかでもあります。
1/5枚