連載
#56 イーハトーブの空を見上げて
真っ赤に染まった甲子柿 1週間、煙でいぶし…甘くとろける食感に
「煙が目にしみる――」
煙が充満した「柿室(かきむろ)」に入った瞬間、そんな昔の名曲のタイトルを思い出した。息が詰まり、目から涙、鼻孔から鼻水があふれ出す。
「大丈夫ですか?」
生産者の佐野朋彦さん(44)が、笑いながら優しく気遣ってくれた。
岩手県釜石市の特産品「甲子(かっし)柿」は、全国でも珍しく、渋柿を煙でいぶして渋抜きをする。
秋田の名物「いぶりがっこ」(いぶした漬物)ならぬ、「いぶり柿」だ。
朱色の柿は煙でいぶされると、ツヤが出て真っ赤に染まる。
食感は甘くとろける、ゼリーのようだ。
「最近は人気が出て、店に並べてもすぐに売り切れてしまいます」
近くで販売している道の駅・釜石仙人峠の佐々木雅浩駅長(61)はうれしそうに話す。
甲子地区に柿がもたらされたのは、明治時代。藩の境がなくなり、隣の気仙地域から小枝柿が入ってきた。
当時はどの家にも囲炉裏があった。
早めに収穫した柿を天棚の上に置き、渋抜きをするようになったらしい。
囲炉裏では2~3週間かかったが、煙を充満させた柿室の中では、約1週間で「燻蒸(くんじょう)」が終わる。
釜石製鉄所が隆盛だったころ、甘い甲子柿は製鉄所で働く人々に喜ばれた。
疲れた体に甘く染みこむ「鉄の町」の「ソウルフード」。
「祖父の代から作り続けている味を、大切に守っていきたいです」
佐野さんが煙の中でうれしそうに言う。
(2023年11月取材)
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