テクノロジーの進化は、これまでのフィットネスジムの形を大きく変えています。もてはやされたオンラインフィットネスが全体的に下火になる一方で、コロナ禍の打撃を受けて苦境に立たされたフィットネス業界の中には、リアルとの効果的な組み合わせでユニークなポジションを築く事業者も。スタジオに巨大スクリーンを設置し、バーチャル背景の配信も人気になるなど、独自に進化する国内のフィットネス事業者を取材しました。(朝日新聞withHealth)
正面に巨大なスクリーンを配置した映画館のような空間。印象的なのは、その前に並んでいるのが、柔らかい座席ではなく、黒を基調にしたソリッドなフィットネスバイクであること。暗闇バイクフィットネスのFEELCYCLE(フィールサイクル)のスタジオの様子です。
屋内のクラブのような空間で流れる音楽に合わせて、インストラクターの指示で行う「コリオ」と呼ばれる腕立て伏せや腹筋のような振り付けの動作をしながら、フィットネスバイクを漕ぐFEELCYCLE。前述の“映像店舗”では、音楽だけでなく、流れる映像にも合わせてレッスンが展開されます。
通常店舗では、インストラクターはレッスンの参加者を、コリオの指示や投げかけるメッセージ、歌、ダンスなどで励ましますが、映像店舗ではさらに、大自然からサイバーパンクまで、さまざまなテイストの映像に応じたインストラクションをする、VJ(ビデオジョッキー)のような役割も担うといえます。
運営会社のFEEL CONNECTIONが、2012年に銀座に1号店を開店して12年。現在、全国に約40店舗のスタジオを構えます。初となる映像店舗は21年9月に神奈川県・武蔵小杉にオープンし、以降は銀座、武蔵小杉以外にも、京都河原町や名古屋に出店しています。
同社はこのような映像店舗を展開する理由について「音楽との一体感を高め、よりレッスンに没入してもらうため」とします。このような体験価値により「結果、リピート率や継続率を高めることができると考えています」(同社担当者)。今後については「新店や、リニューアルにより導入店舗を増やしていきたい」とします。
もともと“暗闇系”として、ボクササイズなどと共に2010年代に日本でも知名度を上げた暗闇バイクフィットネス。その起源はアメリカで、2000年代からSoulCycleなど屋内でスピンバイク(ロードバイクのように前傾姿勢でハンドルを持ち、ペダルを漕ぐフィットネスバイク)を使用するサービスが流行していました。
それを日本にいち早く持ち込んだのがFEELCYCLEです。海外でのブームはピークを過ぎており、例えばSoulCycleは15年に新規株式公開(IPO)をするとアナウンスし、1億ドルを調達するための申請をしていましたが、18年にこれを「市場状況」を理由に取り消すなどしています。
一方、国内では映像店舗のような新規出店を続け、会員数も24年9月時点で都度利用を含め約20万人(同社による)に上るといいます。20年時点では利用者数を10万人としており、コロナ禍を経て10万人を積み増した※ことになります。国内でフィットネスジムの倒産が最多になる中、拡大を続ける珍しい事業者です。
※トライアル入会から月額会員ではなく、都度利用のチケット会員になる場合を含む。
16年から開催するリアルイベント「LUSTER(ラスター)」では、ライブなどに使用される会場を数日にわたり貸し切り、ライブレッスンを行います。24年4月に開催された「LUSTER 2024」は幕張メッセで開催、全11公演で、1公演につき700~900人が参加し約1万人を動員、チケットは1公演あたり1万円以上でした。
映像店舗やリアルイベントといった要素は、起源となった海外のバイクエクササイズにはないものです。同社によれば、どちらもスタジオの照明や演出などを発展させていく中で、独自に進化していったものだそう。その時々の同社のやりたいことを実現した結果、ユニークなフィットネス文化が生まれたとみることができます。
そんな同社は近年、自宅にオリジナルバイクと専用タブレットを設置して行うオンラインバイクフィットネス「FEEL ANYWHERE(フィールエニウェア)」に注力しています。21年8月の先行販売時には、26万9000円の専用バイク1000台が完売するなど、高い期待度でFEELCYCLEの既存会員中心に迎えられました。
FEELCYCLEの人気インストラクターのレッスン約300種類をオンデマンドとライブで受講できるサービスです。バイクは自宅での利用を想定して設計され、低騒音・低振動を実現するように、内部の構造をスタジオ用から変更。一体型モニタは独自に開発したもので、23.8インチの大画面かつ4基のスピーカを搭載しています。
オンラインフィットネスはコロナ禍で一時もてはやされ、現在は下火になりつつありますが、バイクフィットネスのオンライン化の流れは、既定路線だったと言えます。その理由は、海外で「フィットネス業界のApple」「次のNetflix」などユニコーン企業として評されていた「Peloton(ペロトン)」です。
PelotonはSoulCycleのようなインドアバイクエクササイズのブームを背景に、それをいち早くオンライン化することで、2010年代後半に一躍、時のサービスになりました。
19年9月にIPOし上場企業となり、20年12月には株価が160ドル以上をつけるなどピークを迎えました。しかし、コロナ禍で株価が乱高下した後、現在は経営再建中です。
海外ではPelotonの成功を受け、SoulCycleなど既存の事業者も一時、オンライン配信に乗り出し、Pelotonとシェアを争う状態でした。FEEL ANYWHEREも、コロナ禍以前から計画されていた事業でしたが、コロナ禍で事業計画にも乱れが生じ、サービスローンチがずれ込んだと言います。
現在は堅調に新規購入者を増やしながら、医療機関やジムなどの施設への導入を進めていると言います。特に後者については、「従来型のジムにトレッドミルなど既視感のある有酸素マシン以外の選択肢を提示することで、従来型のジムとも共存共栄できる」(同社担当者)とみます。
このオンライン化でも、同社のサービスは独自進化を始めています。例えば、24年9月は全部で10回、10月は20回予定と、盛んに開催されるライブレッスンは、バーチャル背景に対応し、映像店舗で流れている映像と同じものが流れるようになり、コンテンツがリッチ化されたことがユーザーから好評を博しています。
FEELCYCLEの人気インストラクターの魅力でFEEL ANYWHEREを利用する人も多く、逆にFEEL ANYWHEREで気になったインストラクターのレッスンをスタジオで受講する人もいます。前述のLUSTERイベントの同時配信や見逃し配信を無料で行うなど、リアルとの効果的な組み合わせは、同社の強みだといえるでしょう。
9月からは、これまでスタジオ同様の45分の所要時間だったオンデマンドレッスンを、30分、20分、15分、10分に編集したショートバージョンのプログラムを配信。ユーザーの「仕事や子育ての合間の隙間時間に運動したい」といったニーズに応える、としています。
このように、海外から持ち込まれたフィットネス文化が、国内で独自に進化。コロナ禍でフィットネス業界が苦境を迎える中、約20万人の会員を擁し、1万円以上のチケットで1万人を動員するイベントを開催、オンラインでもリアルとの効果的な循環を生み出しているというのは、世界的にも稀有な事例だと言えるでしょう。