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ドレスをまとって雪山で、雨の中で…「自撮り写真」にこだわる理由
自撮りに人生をかけている女性がいます。写真家Rinatyさん(26)。自撮りといってもスマホで手軽に撮影するのではありません。ミラーレス一眼と三脚を使って撮影する「セルフポートレート」です。残雪の日本アルプス、樹氷が成長した冬の蔵王。そんな過酷な環境でノースリーブのドレス姿の作品を撮影しています。どうしてそこまで自撮りにのめり込んだのでしょうか。
「私のように寒い中、すごい場所でドレスを着て撮る必要は絶対ないんです。でも私にしか撮れない世界を、自分の視点、自分の力だけで撮るということは、すごく達成感が得られるんです」
Rinatyさん初のセルフポートレート作品集「#セルフポートレートの裏側」(玄光社刊、144ページ、2200円+税)が9月に発売され、東京都内で開かれた記念イベントで、集まったファンやカメラ愛好家を前に、Rinatyさんはこう話しました。
作品づくりへのこだわりは徹底しています。
例えば今年6月に日本アルプスの立山(富山)、標高約2450メートルの室堂平で撮影したときの装備は、計約40キロにもなりました。
フルサイズのミラーレス一眼カメラ、レンズ数本、三脚、フラッシュ、フラッシュの光を柔らかく当てるためのソフトボックス、ライトスタンドといった撮影機材のほか、山小屋泊ができる装備、被写体となる自分が着用するドレス、ウイッグなどを入れたバッグを持って、雪が残る山道を歩きました。
一面に雪が残る高地で、夕方、そして夜中から朝にかけて、夕日、満点の星空や、朝日とともにドレス姿で撮影しました。
冷え込む夜、写真に写らない下半身はスキー用パンツなどで可能な限り防寒対策を取ったうえで、足や背中にカイロを貼って臨みました。
撮影はセルフタイマーを使っています。
自分でカメラのシャッターボタンを押して、撮影地点に小走りで移動。
10秒後、シャッターが切れるタイミングに合わせてドレスをはらりとひるがえすといったポーズを取ります。
リモコンで遠くからシャッターを押せる機能もありますが、過酷な環境だと思い通りにシャッターが切れないことがあり、1コマごとにカメラに駆け寄り、シャッターボタンを押しています。
撮影には苦労話もつきものです。奈良公園で撮影した際は、撮影中、バッグに入れていた預金通帳を鹿がくわえて「逃走」。あわてて追いかけました。
2月の房総半島(千葉)の海岸での撮影は雨。吹きすさぶ雨風、ドレスがびしょ濡れになり、みるみる体温が奪われていくなか、岩の上で撮影しました。
世界でたった1枚しかない、自撮り作品を残したい。
重い機材を運び、長時間の撮影をこなす体力を備えながら、被写体としてのスタイルや美しさも保つため、ジムに通い、筋肉トレーニングを欠かしません。食事も普段から栄養バランスやカロリーを意識しています。
Rinatyさんが写真撮影をはじめたのはいまから約10年前、高専の1年生のことでした。
入部すればテストの過去問をもらえ、焼き肉をおごってもらえるという言葉に誘われて、写真部に。
「カメラで撮影すると肉眼で見えるのとは違う世界が広がる。例えば、フラッシュを発光させて雨を撮影すると、星空のように美しく光ってみえる。それがすごくおもしろいと思って、撮影にはまりました」
さらにSNSで、後輩の友人が被写体として写っている写真を見かけたのをきっかけに、人物を被写体とするポートレートという分野に興味を持つようになりました。
自分がモデルとしてほかのアマチュアカメラマンに撮影してもらうようになり、写真展にも足を運ぶように。写真を通じた先輩や友人も増えてきました。そのかたわら、自分でも撮影技術を磨くために、自らが被写体となって練習するようになりました。
公務員試験に合格し、5年制の高専を卒業後は神戸市役所に就職しました。給料をもらって最初に買ったのは20万円のフルサイズの一眼レフカメラと、写真の確認やレタッチに欠かせないパソコンでした。
就職後も週末の休日は撮影に出かけ、平日も終業後に撮影。ますます熱が入りました。
ただ、仕事は忙しく残業もしょっちゅう。撮影したくても被写体となるモデルさんとスケジュールを調整するのが一苦労になってきました。そうしたなか、練習ではなく、自分を被写体として撮影し、作品を作ることが次第に楽しくなってきたそうです。
そこにコロナ禍が拍車をかけます。2020年度は在宅勤務が増えました。イベントや人とふれあう活動が大きく制限され、撮影したくても外で撮影できません。
自分を被写体にして、家で撮影する。撮りたいという欲求はセルフポートレートにますます向けられました。自宅の室内やベランダ、さらに祖父が残した家をスタジオに改装して――。
その時の撮影の裏側を紹介する動画をSNSにアップしたところ、「バズり」ます。その動画をきっかけにNHKのEテレ「沼にハマってきいてみた」でRinatyさんの活動が紹介されました。
これが転機となってRinatyさんは21年3月、市役所を退職。翌月からフリーランスの写真家として活動を始めました。
しかし、最初から顧客がいるわけではありません。どうやって営業活動すればよいかも分からない。両親には実家を追い出され、貯金をどんどん食いつぶしていきました。
一時期、仕事を紹介してくれた人も亡くなってしまい、居酒屋やガールズバーでもアルバイトして、生活費やカメラのローン・奨学金の返済費用を捻出しました。
写真を撮る気力も時間もない。写真家をやめて、別の仕事をしようか。そう思い悩むRinatyさんに22年夏、電話がかかってきました。
電話の主は、CGを使わず、絵画的な独創性あふれる写真作品を発表している写真家HASEOさん。以前から写真展に足を運ぶなど、よく話をする間柄でした。
「周りの人への感謝を忘れず、もう一度人生をやり直すような気持ちで頑張れ」と励まされたそうです。
この年の暮れ、1枚の作品が、SNS写真コミュニティー「東京カメラ部」の10選に選ばれました。
撮影場所は北海道・硫黄山。噴気がもうもうと立ち上る無機質な山肌に、赤いドレス姿で素足で立つ。
「孤高」と名付けた作品には、「周りの意見に流されず、撮りたいものを撮り続けたい。厳しいこの世界で、唯一無二の存在になりたい」という思いを込めました。
以来、毎日のようにSNSに作品をアップしています。
現在は大阪を拠点に専門学校の講師として写真や撮影について教えたり、ウェディングや成人式の前撮り、生前撮影、広告撮影など依頼された撮影をしたり、カメラ雑誌や関連媒体に記事を書いたりして生活の糧を得つつ、時間を作っては作品の撮影に出かけています。
今年は、米ニューヨークで撮影した作品を中心にした個展を大阪で開催。職業写真家としての3年以上の実績と、正会員2人の推薦が必要な公益社団法人日本写真家協会の正会員にもなりました。
「多くの方に写真家として認めてもらえるには、やはり肩書きが必要だと思い、今回入会させていただきました」
セルフポートレートの発表を通じて、伝えていきたいことが二つあるそうです。一つは地域社会への貢献です。
「撮影でさまざまな地方に行くと、とても素敵な場所なのに全然人がいない。もっと多くの人に知ってもらえれば、人気になるだろうと思うことが多いです。作品を通じてその地域を盛り上げることができればと思っています」
二つ目は、自分を好きになった「写真の力」です。
「セルフポートレートを始めるまで、自分のことがルックスもスタイルも好きではなかったんですが、写真を通して自分の新しい面を見たというか、写真の中でこういう風になれるんだと、自分を好きになることができました」
「写真を通して自分のことを好きになれる人が増えていけばいいなと思っています。ポジティブな気持ちになれる写真の力をもっと多くの人に知ってもらいたいです」
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