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「キーウ市でマツダ車見かけた」投稿に「30年前の弊社の営業車!」

「キーウ市内でマツダ車を見かけた」と投稿された画像
「キーウ市内でマツダ車を見かけた」と投稿された画像 出典: ウクライナ・キーウに在住する平野高志さん(@hiranotakasi)の投稿

目次

「キーウ市内でマツダ車を見かけた」。ロシアによる侵攻を受けるウクライナ・キーウから投稿された〝日常〟の風景が、思わぬ形で日本とつながり、SNSで話題になっています。「それ、弊社の30年くらい前の営業車です。なぜウクライナに」。投稿者たちに話を聞きました。

「誰かそちらで営業してくれてんのかな?」

話題になったのは、ウクライナ・キーウに在住する平野高志さん(@hiranotakasi)がXに7月29日に投稿した画像です。

《キーウ市内でマツダ車を見かけた》

投稿された2枚の画像には、道端の茂み近くに駐車された、白いマツダの「ファミリア」が写っています。特徴的なのは、赤っぽい2本のラインと「大市珍味」というロゴのようなものが塗装されていること。

この投稿が、思わぬ物語を生みます。

7月30日、中古車に印刷されていたロゴと同じ社名の日本の「大市珍味」(@daiichinmi)が反応したのです。「大市珍味」は大阪府阿倍野区で水産物の和洋冷凍総菜、冷凍おせちなどの販売をしている創業65年の会社です。

《えええええええええ ウクライナに!!!!!!!!》

《なぜかウクライナに弊社の30年前の営業車が
誰かそちらで営業してくれてんのかな?》

「大市珍味」の担当者が驚きの反応をつづった投稿には「30年前の車が他国で現役なんて胸熱」「すごい。こんな形で生きていて、そして知る。砲弾を浴びずに生き残ってくれ!」「感動の再会」などコメントが寄せられ、3万以上のいいねがつきました。

「これ、日本車じゃない?」

最初にウクライナで「マツダ車」の画像を投稿した平野高志さんにオンラインで話を聞きました。

平野さんは東京外国語大学でウクライナ語を学んだ後、西部リビウの国立大学に進学。修士号を取得し、2018年からウクライナの国営通信社「ウクルインフォルム」で日本語版編集者として活動しています。キーウに住んで10年以上だそうです。

マツダ車の写真を撮ったのは、7月28日、ウクライナ人の友人の写真を撮るため、キーウ市郊外に行った時でした。

その場所は、避暑地として、ウクライナでは一般的な「2軒目の家」を持つ人たちが過ごす緑の多い場所で、静かなところ。

路肩に駐車されていた車を見た友人が「これ、日本車じゃない?」と言いました。

そう言われてよく見ると、確かにマツダ車でした。近くに運転手らしき人はいませんでしたが、まだ現役で使われているようです。

ウクライナでは、国産車もありますが、日本車の人気は根強く、キーウ市内でも街を走る3分の1から4分の1ぐらいは日本車。でも、最近はあまり見ない中古の日本車を珍しく感じ、撮影をしたそうです。

「『大市珍味』がまさか日本に実際にある会社だとは思いませんでした」と平野さん。

色あせたロゴで確信

平野さんの投稿を見かけた人が「大市珍味」のアカウント名を引用し、「ウクライナに支店があるんですか?」と問いかけたことから、大市珍味の「中の人」で、4代目社長の西野美穂さんはSNSで話題になっていることに気づきました。

「あら、すごい!」確信したのは、今も変わらない会社のロゴでした。ちょっと色あせているけれど、紛れもなく「うちの車」。社内は騒然としました。「なぜウクライナに…」

西野さんが入社した25年前には営業の車は全てマツダの「デミオ」だったため、その外見からはピンと来ませんでした。

声を上げたのは楢崎真治会長でした。「この型、あったなー。もしかしたら、俺が入社当時、営業で乗っていたやつかも」

会長の同期たちも「乗ってた、乗ってた」と同調。そのことから、30~40年前に使われていた営業車だと分かりました。

営業車はリースのため、契約期間を終えて、リース会社に戻したと言います。その後、ウクライナ方面に渡ったと推測されます。

今も続く会社のロゴ
今も続く会社のロゴ 出典:大市珍味のウェブサイト

「30年も前の会社がまだあるのか!」

キーウ市に住む平野さんは、ウクライナ語でも今回の車についてSNSに投稿しました。すると、ウクライナの方々から、「ナンバーが南部オデーサ州のもの(BH)。昔、日本から船でオデーサ州の港に中古車がよく運ばれていたので、その頃輸入されたものだろう」と教えてもらったそうです。

平野さんが「この車は日本に実在する会社の、30年前の車だった」とウクライナ語で報告したところ、「30年も前にあった会社がまだあるのか! すばらしい!」と驚かれたそうです。

30年前と言えば、ウクライナではソ連から独立を宣言し、ソ連が崩壊したすぐ後のころです。

「あなたもそっちで、がんばってね」

「30年前の営業車」を通じて、思わぬ形でウクライナにつながった大市珍味。

西野さんは「まだ現役で走っていることに感動しました」。ウクライナというと、ニュースを通じて知る「戦争をしている国」の印象が強く、その日常は「想像もつかない」と言います。ただ、不思議な縁を感じていました。

話題になったタイミングは、能登半島地震の被災地へ冷凍弁当の支援を始めたところでした。SNSで「猛暑の避難所では弁当がすぐ傷んでしまうため、被災者たちの食事がレトルトやインスタント食品ばかりに偏ってしまう」という状況を知り、支援を申し出たのでした。

世間では五輪ムードの今も、戦争や自然災害などで心落ち着かない生活を送っている人たちがいるーー。2カ所の状況を重ねて、西野さんは「食品に携わる者としては、少しでも早く、おいしいものを食べて、心穏やかに過ごせることを願っています」と話します。

7月には、石川県珠洲市の避難所に50食を2回を送り、8月には輪島にも送る予定です。

「ウクライナのマツダ車」の投稿が話題になった影響で、この支援も多くの人の目にとまり、売り上げの一部を被災地支援に回す「支援パック」が多く購入されたそうです。

被災地支援に回す「支援パック」
被災地支援に回す「支援パック」 出典:大市珍味のウェブサイト

西野さんはウクライナの状況に心を寄せながら、「会社の近くに、日本に避難している人たちがやっているウクライナ料理屋さんがあるので、よく食べに行っていました。そこに通い続けることが、私に今できることなのかなと思います」と話します。

ウクライナで走るかつての営業車には、こう言葉をかけたいと言います。「まだ会社もこうやってがんばってるから。どうかあなたもそっちで、がんばってね」

ミサイルとミサイルの間の〝日常〟

「マツダ車」の投稿が生んだ心あたたまるやりとりに、ふと現実を忘れそうになりますが、キーウ市では戦禍が続いています。

オンラインインタビューをしたのは現地時間7月31日午前9時前。この前夜の11時も、キーウ市内では「空襲警報」が街のスピーカーとスマートホンのアプリで鳴り響きました。平野さんも爆発音を聞いたそうです。

ロシアから40機以上の自爆型無人機がキーウをめがけて飛んできて、それをウクライナ軍が撃墜したと、報道されました。

朝6時に警報は解除され、インタビュー後、平野さんは休日の外出をする予定でした。

「ミサイルが常に飛んでくるわけではなく、ミサイルとミサイルの間に、市民は〝日常〟を送っています」

日本では〝前線〟とミサイルの被害が大きく注目されますが、平野さんは、そこで抜け落ちてしまいがちな「合間にある日常生活」も知って欲しいと、キーウから発信するようにしています。

今回、たくさんの人の目にとまった「マツダ車を見かけた」という投稿もその一環でした。

情報が偏ると「戦争のイメージがゆがんでしまい、正しい判断ができなくなる」と危惧しています。

キーウの空爆被害の報道を見て、キーウ全体が焦土になっていると勘違いする人もいて、たとえば、ご飯を食べる市民の日常の投稿に「(空爆情報は)ニセ情報だった、だまされているんだ」などと、あらぬ誤解が拡散されることもあります。

でも、爆発音が響く時もあれば、その合間にカフェでコーヒーを飲み、友人と語らう時もある。楽しいことをしていても、頭の中ではどこかでいつ自分が爆撃を受けるか分からない恐怖や、前線で戦う友人のことを考えている。それが「戦争と日常が同時に存在する」ということだと言います。

ミサイルが撃たれる直前まで、普通の生活を送っている人たちがいること。「細かく伝えないと、細かくは理解できない。極端な誇張ではなく、矮小化でもない『ありのままの戦争』を、これからも伝えていきたいです」

「いつかウクライナの人たちに」

今回の投稿でウクライナの〝日常〟に触れ、「何かできないか」と考えた人たちに、平野さんは「ウクライナのことを知ってほしい」と期待します。

ウクライナ料理を食べに行くことや、SNSで思いを馳せることもその一環になります。「関心を維持することが大切だと感じています」

ひょんなことから、つながったウクライナと日本の〝縁〟。インタビューの最後に平野さんは「大市珍味さんは、ウクライナ支店を開く予定はないんですかね」と笑いました。

「ネットで見たらあまりにおいしそうだったので。いつか、ウクライナの人たちに、あんな本格的な日本料理を食べさせたいな、と思いまして」

キーウにあるおにぎり屋のおにぎり。市内に2店あるという。
キーウにあるおにぎり屋のおにぎり。市内に2店あるという。 出典: ウクライナ・キーウに在住する平野高志さん(@hiranotakasi)の投稿

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