連載
#2 水の事故を防ぐ
海の事故「浮いて待て」は危険かも…救助のプロが勧める〝イカ泳ぎ〟
SNSに投稿された動画は800万回近く再生されています
海や川でのレジャーが増える季節、遊泳中の事故には気をつけたいもの。水難事故に遭った場合、これまで「浮いて待て」とされていましたが、波や風がある場所では顔に水がかかってパニックになる恐れが指摘されています。身を守る新たな手段として日本水難救済会がSNSに「イカ泳ぎ」動画を投稿すると、大きな反響が寄せられました。どんな泳ぎ方なのでしょうか?
「着衣(ポロシャツ、Gパン)でも、このとおり、体力を使わずに長い時間浮力を保つことができます!これからは、『イカ泳ぎ』で浮いて救助を待ちましょう」
2023年夏、海難救助や洋上救急に取り組む公益社団法人・日本水難救済会(水救会)が、そんなコメントともにX(旧Twitter)に投稿した11秒の動画。
水救会常務理事の江口圭三さんが、おなかを上にしてあごを引き、手足をゆっくりあおって「イカ泳ぎ」をする様子が映っています。
動画は800万回近く再生され、3万を超える「いいね」がつきました。「これすごい大事」「カナヅチですがこれだけできた」「体を動かす力が最小限で済むので理にかなう」といったコメントも寄せられています。
当会が推薦する「イカ泳ぎ」は、着衣(ポロシャツ、Gパン)でも、このとおり、体力を使わずに長い時間浮力を保つことができます!これからは、「イカ泳ぎ」で浮いて救助を待ちましょう。 pic.twitter.com/rcxklO1RHV
— 公益社団法人日本水難救済会【公式】 (@Qsuke_MRJ) August 7, 2023
海や川で流されたとき、おぼれかけたときにまず大切なのは、慌てずに「浮く」ことです。
これまで大の字で背浮きをして、救助が来るまで「浮いて待て」とする方法が推奨されてきました。
しかし、「大の字背浮き」で待つことの難しさやリスクを指摘する声もあったといいます。
2023年6月、水救会と日本ライフセービング協会が実証実験をしたところ、泳ぎの得意な元海上保安官やライフセーバーでも波がある状態では水をかぶってしまい、鼻から水が入ってパニックになることが分かりました。
6月19日,20日、海上保安庁の協力のもと、日本ライフセービング協会と合同で、「溺水事故防止に資する実証実験」を実施しました。海では浮いて待てないリスクが大きいことが実証されました! pic.twitter.com/aZzCxIGtYu
— 公益社団法人日本水難救済会【公式】 (@Qsuke_MRJ) June 21, 2023
水救会のXでは、江口さんが波高5cmの海で「大の字背浮き」をした動画も紹介されました。波が静かな海でしたが、海上保安大学校で水泳担当訓練教官を担っていた元海上保安官の江口さんでさえ、浮き続けることができなかったといいます。
さらに、助けを求めようと大声を出すと水を飲みこんでしまったり、肺から空気が出て沈んでしまったりするリスクもあるそうです。
動画は1100万回以上再生され、多くの人が海で浮くことの難しさを痛感しました。
今回、当会常務理事(元・海上保安大学校水泳教官)が波静か(波高5cm)な海で、「大の字背浮き」を試みましたが、わずかな波が顔を洗い、浮いていることができませんでした。やはり、この手法は海では危険です! pic.twitter.com/7y9xHvc20p
— 公益社団法人日本水難救済会【公式】 (@Qsuke_MRJ) August 7, 2023
「大の字背浮き」に限界があったことから、水難事故防止のために水救会が新たに推奨するようになったのが「イカ泳ぎ」です。
水救会理事長の遠山純司さんは、「浮いてその場にとどまるのではなく、余裕があったら周りを見渡して『イカ泳ぎ』で移動し、上がれるところがあれば上がってほしい」と話します。
「海など厳しい自然条件のなかでは、何が起こるか分かりません。人は長い時間水に浸かってはいられませんし、ライフジャケットを着ていても『イカ泳ぎ』は有効です」
おなかを上にしてあごを引き、手足をゆっくりあおる「イカ泳ぎ」の正式名称は「エレメンタリー・バックストローク」。
メリットは、顔を上げていられるため呼吸をしやすい▽声を出したり、片手を振ったりして助けを求められる▽着衣でもライフジャケットを着けていても負担が少ない▽疲れにくい▽習得しやすいーーといったことが挙げられるといいます。
泳ぐ際のコツは、手首の力を抜いて動かすこと。足はバタ足でも平泳ぎの形でも得意な方法でいいそうです。靴を履いていた場合、浮力として使えるため脱がずに泳ぎ、服を着ている場合も保温になるため脱がないほうがいいといいます。
警察庁の統計によると、近年の水難事故による死者・行方不明者は700人台で推移しています。
「『大の字背浮き』で効果があることも考えられるが、水難事故の被害をより防止するためには昔からの対策を見直し、進化させなくてはならない」と遠山さんは力を込めます。
水救会は、「イカ泳ぎ」ではなく「得意な浮き身や泳ぎ方でも大丈夫」とも呼びかけています。
ただ、いずれも万能なわけではなく、あくまでも事故が起きてしまった後の対応です。
「万が一」を防ぐためには、知識や行動、技能の習得でピンチにならないよう対策することや、海や川に行く前には天気を確認したり、ライフジャケットなど浮力体を用意したりする備えが重要だと話します。
水救会とライフセービング協会が出している「海の事故防止チェックリスト(遊泳用)」では以下の備えが書かれています。
1人で遊びに行くことは避け、防水バッグにスマホを入れて泳ぐことも対策になるといいます。
水救会理事長の遠山さんは、「何か起きてしまってからでは対応が難しい場合もあります。そういう事態に陥らないように、最低限対処できるスキルを身につけ、備えたうえで楽しんでいただきたい」と話しています。
今後も学校や幼稚園などで講習会を開き、「イカ泳ぎ」も紹介しながら啓発していくそうです。
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