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#16 大河ドラマ「光る君へ」たらればさんに聞く

「あさきゆめみし」で描かれた母の愛 源氏物語との違いの楽しみ方は

アジサイの鉢を並べて描かれた「紫式部と道長の恋」
アジサイの鉢を並べて描かれた「紫式部と道長の恋」 出典: 2024年5月27日、京都府宇治市、筋野健太撮影

大河ドラマ「光る君へ」。源氏物語を書いた紫式部が主人公ですが、すべてを読み切ったという人はどれくらいいるでしょう。一方、マンガで内容を知っている人も多いのではないでしょうか。平安文学を愛する編集者・たらればさんが、それぞれの現代語訳や、マンガの違いを味わう楽しみを紹介してくれました。(withnews編集部・水野梓)

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価値観の揺らぎに触れることで…

水野梓・withnews編集長:スペースのリスナーさんから、源氏物語を描いた大和和紀さんのマンガ『あさきゆめみし』について、「実家から引き上げてきました。たらればさんはいつごろ読みましたか?」と質問がありました。

たらればさん:『あさきゆめみし』は大学生の頃に読みました。大和和紀先生は紫式部に匹敵する天才だと思っています。

実は、まず与謝野晶子訳の源氏物語に挑戦したら、「これは…読めない…」と、だいぶ最初の方で挫折したんです。「帚木(ははきぎ)」ぐらいでダメだとなったんですね。

その後、あさきゆめみしを読んで全体的な流れやそれぞれの登場人物の特徴をつかんでから、円地文子(えんちふみこ)訳を読んだら、すらすら読めたんですよ。

あさきゆめみしにハマった方は、その流れで(誰かの現代語訳で)源氏物語を読むと、違いが楽しめるので楽しいですよ。紫式部がこう書いたことを、大和先生はこう解釈したんだ…と違いが出て、より面白いです。

水野:以前、漫画家のおかざき真里さんと、たらればさんと、源氏物語に登場する姫君の人気アンケート企画をやりましたね。

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たらればさん:そこでは花散里が人気でしたよねえ。みなさん、花散里と聞くとふっくらした姫君をイメージすると思いますが、原文ではやせていて、「容姿がいまいち」となっている。当時と今では美人の概念が違うからですね。

水野:平安時代はふっくらした女性が素敵とされていたんですね。

たらればさん:時代、時代で表現や解釈が変わる、それを前提として読むのが古典の醍醐味です。

昔は「だめだ」と言われていたことが、今は「いい」とされる、そういう価値観の揺らぎに触れることで、自分の姿が見えてくることもあります。10代なのか30代なのか、読んだ年代で作品の印象が変わるのも、古典の魅力です。

母・桐壺の更衣の「愛」の描かれ方

水野:リスナーさんから、「あさきゆめみしが読みやすいのは、大和先生の解釈が入っているからというのもあるんだろうなぁ」とコメントもありました。

たらればさん:おっしゃるとおりで。紫式部が千年前の貴族へ向けて書いたものが、そのまま今のわたしたちに伝わらないのは、当たり前ですよね。

その「隔たり」をどう埋めるのか、現代語訳がわれわれの解釈のキーポイントになります。その埋め方がうまかったりヘタだったり合わなかったりすることがあるわけで。

訳者の解釈が入るのは当たり前なので、それをどう着陸させるかが腕の見せどころなわけですよね。

水野:なるほど。
紫式部の邸宅跡とされる京都市の廬山寺。『源氏物語』の「若紫」の巻の絵をあしらった特別な御朱印もありました=水野梓撮影
紫式部の邸宅跡とされる京都市の廬山寺。『源氏物語』の「若紫」の巻の絵をあしらった特別な御朱印もありました=水野梓撮影
たらればさん:たとえば、光源氏の母・桐壺の更衣が亡くなった時のこと。光源氏にとって「母の記憶」があるかどうかなんですが、源氏物語の原典と呼ばれているテキストにはその言及がないんですよ。

光源氏には母の記憶はないし、桐壺更衣も息子についてまったく言及していません。しかし、あさきゆめみしでは、光源氏は桐壺から愛されていたという描写があります。

源氏物語では、光源氏はもともと「母の愛を知らない者」というキャラクターだったわけですが、あさきゆめみしでは「かつて愛された母の愛を失った者」という設定になるわけです。

どっちが不安定なのか、母を恋しく思うのかというと、大和先生は後者の方がそうだろうと考えたんですよね。そんな違いがたくさんあります。

水野:それは読み比べてみたくなりますね…!

「欠けたピース」だらけの作品を

水野:リスナーさんたちに回答してもらったアンケート、大河ドラマ「光る君へ」の中で見たい源氏物語の名シーンについてですが、選択肢以外の回答が142件ありました。

こちらからいくつか紹介したいと思います。まずぶっちぎりだったのは、「車争い」でした。

たらればさん:「葵」の帖で、葵祭の際の場面ですよね。場所取りで、正妻と愛人が争って……という。

葵の上も、六条御息所にも、悪気がなくて起こってしまうところがつらいですよね。

水野:以前から「光る君へ」では、道長のもうひとりの妻の明子女王がちょっと怖さがあるので、六条御息所みを感じています…。

たらればさん:「最高権力者なのだから、それぞれの妻のもとに通って子どもをたくさんつくるのは当たり前」…では割り切れない思いがそれぞれの女性にありますよね。
滋賀県大津市の石山寺にある紫式部像。石山寺に参籠(さんろう)したときに『源氏物語』の着想を得たという逸話が残っています
滋賀県大津市の石山寺にある紫式部像。石山寺に参籠(さんろう)したときに『源氏物語』の着想を得たという逸話が残っています 出典: 水野梓撮影
水野:しかし、お祭りの牛車を置く場所で、正妻と愛人の心理バトルを描くという…紫式部すごすぎますね…。

アンケートには「車争いのシーン、六条御息所が気の毒でいたたまれない。消え入りたいのに帰れない、ひどいことをした人だけどここは同情する」というコメントがありました。

たらればさん:そうなんですよ。従者たちが戦ったり逃げちゃったりすると、中に乗っている姫君は「身動きが取れずどこへも行けない」というのはその通りなんですよね。

外を歩いたことなんてない高貴な女性ですから、降りて逃げるわけにもいかない身分で、牛車が壊されたらその場で動けなくなるわけで。

お忍びでこっそり見られれば…とやってきたのに大騒ぎになっちゃうわけですから。

水野:六条御息所が陰口たたかれちゃうのもつらいですよね…。

たらればさん:六条御息所って、もともとは東宮妃で、天皇の后になる可能性もあった人なんですよね。それが「年下の男に入れあげて、あげくに正妻ともめて動けなくなって、なんと恥ずかしい」とか言われたでしょう。

こういう思いをしたら、生き霊ぐらいにはなるなぁという説得力の積み上げがすごい。

ドラマで見たい、雅な宮中行事

水野:アンケートには、「絵合(えあわせ)」などの雅な宮中行事が見たいというコメントもいただいていました。

たらればさん:これは、絵を出して、「こっちの物語はどうか」「あっちの物語はどうか」「じゃあ左が勝ち」と決めていく「物語合わせ」なんですよね。

水野:光源氏と頭中将に分かれて戦ったのが、もしドラマで出るとしたら誰と誰になるのか…。

たらればさん:最後に光源氏が、自身が須磨へいたときに描いた絵を出して、勝っちゃうという、それはインチキだろうという流れですね(笑)。誰になるのか…。
水野:さらに、「女楽」も観てみたいという声が多かったです。

たらればさん:カルテットですね。まひろが琵琶を弾いてますから、音楽の合奏はありえますよね。

水野:そうですよね。聞いてみたいです。

たらればさん:光源氏の口説き文句で出色のものがあるんですが、須磨で明石の上といったん別れるときに、自分の琴を渡して、「この琴の調律が狂わないうちにまた会いましょう」と言って去っていくんですよね。

水野:ほんとに紫式部はよくそんなことを思いつきますね。

たらればさん:空蟬をさらうときは姫を抱き上げて、女房に「朝になったらむかえにまいれ!」と引き戸をパーンと閉めるとか、朧月夜に迫るときには「自分は何をやっても誰からも怒られない男なんですよ」と言うとか……。光源氏、いいかげんにせえよ、と言いたくなってしまいますね(笑)。
◆これまでのたらればさんの「光る君へ」スペース採録記事は、こちら(https://withnews.jp/articles/keyword/10926)から。
次回のたらればさんとのスペースは、7月14日21時~に開催します。

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