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図書館なのに「食品をお持ちください」なぜ? 学びを広げる試行錯誤

「図書館という場を使って、蔵書以外からも学びを」

名古屋市志段味図書館の「おはなしのへや」で1月27日に開催されたフードドライブ=同図書館司書の久保田淑江さん撮影
名古屋市志段味図書館の「おはなしのへや」で1月27日に開催されたフードドライブ=同図書館司書の久保田淑江さん撮影

目次

「ご家庭の食品をお持ちください」――。

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名古屋市守山区の郊外にある志段味図書館はこのところ、こんな告知を重ねています。多くの人が本を借りたり読んだりする公共図書館は、原則、食べ物の持ち込みは禁じている場合がほとんど。なのに食べ物の持ち込みを募るって、どういうことでしょうか。

館長の藤坂康司さん(65)曰く、「フードドライブを続けているんですよ」。

きっかけは、夏休みの子どもたちの相談

フードドライブとは、必要とする人に食品(Food)を寄付するため、家庭で余っている未利用の食品の提供を促す(Drive)活動。先駆けの米国では、郵便配達員でつくる労働組合「全米郵便配達員組合」などが1990年代から、日頃の郵便配達網を生かして家庭の食品を回収し、慈善団体などに届けるフードドライブを続けています。

農林水産省の資料によると、日本では2008年ごろから実施団体が増え、2010年代半ばから急増しているそうです。日本でもSDGsへの関心が高まり、フードロスをなくそうという考えが広がったのも、背景にあるようです。

志段味図書館はこれを2022年から実施するようになりました。

きっかけは、夏休みになるたび、図書館に来る子どもたちから毎日のように、「地域の施設のSDGsの取り組み」についての宿題の相談を受けたことです。「図書館でも何か目に見える取り組みをできれば」と考えた藤坂さんは、同じ守山区でひとり親の支援をしている一般社団法人「つながり探究所(つなしょ)」の中村真由子さんを招いたトークイベントを2022年秋に開催。

参加者を交えて、「自分がやってしまったフードロス」などを話し合い、企業や海外の取り組みなどを学びました。「袋が破れただけで廃棄になるお米もあると聞いて、もったいない、と驚きが広がりました」と藤坂さんは言います。

名古屋市志段味図書館の「おはなしのへや」で1月27日に開催されたフードドライブ=同図書館司書の久保田淑江さん撮影
名古屋市志段味図書館の「おはなしのへや」で1月27日に開催されたフードドライブ=同図書館司書の久保田淑江さん撮影

このトークイベントに合わせて、フードドライブも同時に開催。参加者が家庭から、カップ麺やパン、缶詰、お米などを持ち寄り、段ボール5箱分になったそうです。集まった未利用食品は、「つなしょ」のボランティア活動に寄付しました。

蔵書以外からも学ぶきっかけ作り

志段味図書館はこれを機に、児童コーナー「おはなしの部屋」で定期開催。関連の書籍を並べ、フードドライブなどをわかりやすく解説した表などを貼り出したりもしています。「子どもたちとその保護者さんに、フードロスについて考えるきっかけにしてもらいたいからなんです」と藤坂さん。図書館による定期開催は、日本であまり例がないとのことです。

藤坂さんはかねて「図書館という場を使って、蔵書以外からも情報を得て、学びにつなげてほしい」と考えています。

フードドライブ以外にも、そんな考えから広がった取り組みはたくさんあるそうです。

患者会とも連携したがん教室も定期開催

たとえば2022年から志段味図書館では、患者会と連携した「がん教室」を定期的に開催しています。

きっかけは、科学的根拠に基づかない代替治療の本の氾濫への危機感でした。科学的根拠に基づき、生存率が高いとのデータもある標準治療の本に緑のシールをつけ、それ以外の代替治療の本と区別し始めました。

表現の自由のもと、公共図書館には様々な考え方の本を平等に置く役割があります。利用者から要望があれば、内容で区別することなく、他館から取り寄せています。それでも代替治療の本は「健康情報は生死にかかわる」と考え、思い切って区別し始めました。

並行して、患者会とも連携した「がん教室」を定期的に開催し、がん情報について伝え話し合う場を、地元の人たちと設けてきました。すると、それまで代替治療の本を愛読してきた利用者に変化も出てきたそうです。

詳しくはこちらの記事をご覧ください。

「そして彼はがん標準治療否定本と距離を置いた 名古屋の図書館の奮闘」(朝日新聞デジタル「Re:Ron」)
https://www.asahi.com/articles/ASRD54279RD4ULLI00D.html

藤坂さんが館長を兼務する守山図書館にも取り組みを広げ、読み書きが難しい「ディスレクシア」の当事者である中学生に講演してもらったりもしています。

書店、出版社、図書館…本にかかわる3つの仕事を経て

藤坂さんは大学を卒業後に書店チェーン「フタバ図書」(本社・広島市)に入り、大手書店チェーン「丸善」に転じて名古屋栄店長などを務めた後、児童書専門の出版社「偕成社」へ。書店員で選ぶ「本屋大賞」の立ち上げにも携わりました。司書の資格を取り、2020年2月から志段味図書館で館長に。つまり、書店・版元・図書館という3つの立場で多様に、本とかかわり続けています。それだけに、図書館の棚作りや展示物にも、書店員として長く培ったセンスが感じられます。

名古屋市志段味図書館の「がん情報コーナー」で、館長の藤坂康司さん=2022年9月、藤えりか撮影
名古屋市志段味図書館の「がん情報コーナー」で、館長の藤坂康司さん=2022年9月、藤えりか撮影

デジタル化が進んだ今、図書館もオンラインで蔵書を検索したり、借りたい本を遠方からもリクエストしたりできるようになりました。デジタルアーカイブの進化は、事情で足を運べない人がさまざまな情報を得られる点で、SDGsの理念にもかなっています。

同時に、蔵書を手に取れる場を持ち続け、利用する人たちが司書さんと対面で言葉を交わしながら情報を得られるのもまた、物理的な建物を持つ図書館ならでは、です。本の貸し出しにとどまらず、イベントなどを通して学びを広げ、参加者同士で互いに議論を交わす――。志段味の取り組みからは、地域の小規模な図書館のあり方について考えさせられます。

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