連載
#259 #withyou ~きみとともに~
「家出した」「死にたい」…元養護教員に届いたDM 退職し探した道
「ちょっと疲れたときの『雨宿り』」
家庭に事情を抱えた〝卒業生〟の力になりたい――。養護教員を経て、シェアハウスなど若者の居場所を作り、相談支援事業を展開している社団法人「アマヤドリ」の代表に話を聞きました。
神奈川県横須賀市の住宅地にある民家。
とある名字の表札が掲げられている玄関を見る限りは、普通の住宅ですが、一歩建物に入ると、入居者の名前が書かれた防災リュックや、物品収納用の箱が並びます。
「去年の今頃は、入居している子たちと『梅しごと』をしてたくさんシロップを作ったんですよ」
ふんわりとした雰囲気をかもし、目尻を下げて笑うのは、この施設を運営する一般社団法人「アマヤドリ」代表の菊池操さんです。
ここは親との不和など、家庭になんらかの事情があり一人暮らしをしたい18歳から20代の女性に向けたシェアハウス。名前は団体名と同じ「アマヤドリ」です。
シェアハウスというと近年、家賃の安さや交流を求める若者が集う家のイメージが定着しつつありますが、ここがそれらシェアハウスと異なるのは、「サポート付き」をうたっていること。
着の身着のまま、元の家を出てきたり次の行き先が決まらない若い女性たちが、できるだけ生活費を抑えることができるよう、入居時の初期費用は無料。さらに、地域のコミュニティーやフードバンクから食料や衣類の寄付があります。
生活の場であると同時に、キャリアなどについて相談できるような体制も整っています。シェアハウスの管理人は看護師で、社会福祉士の資格を持つ相談支援員らとの定期的な面談の場もあります。
現在3室が用意され、2021年以降、のべ21人がこのシェアハウスから巣立っていきました。
菊池さんが事業を始めたきかっけはコロナ禍の2020年。
当時、非常勤で高校の養護教員をしていた菊池さん。その傍ら、フォトグラファーとしても10代から20代の若者を撮影し、写真を残してきました。
教員としても、フォトグラファーとしても、若者との関わりが多かった菊池さんの元には、コロナ禍になり連絡が相次ぎました。
「死にたい」「帰れる家がない」「妊娠した」――。
「頼れる先が限られてしまい逃げ場のない状況の中で、わーっと連絡がきた感じでした」
学校でも、フォトグラファーとしての活動をしていることやSNSのアカウントがあることなどを公にしていた菊池さん。卒業生からの連絡も相次ぎました。「『やどかりみさお』というフォトグラファーとしての名前などで検索してたどり着いてくれたようです」
連絡をくれた卒業生の中には、在校時から家庭の悩みを相談してくれていた人もいましたが、このときに初めて「実は……」と切り出してくれた人もいたといいます。
「高校の養護教員は、顔が見えて信頼できる相談先の最後の相手なのだと痛感しました」
DMからやりとりが始まり、そのままメッセージで悩み相談に乗ることもあれば、市役所や病院までつきそうようなケースもあったといいます。
いくつかのやりとりをしている中で、昔から抱いていた「子どもたちの居場所を作りたい」という思いを具現化するタイミングが来たように感じたのだといいます。
「1対1でつながだけではなく、社会でつながっていく仕組みを作りたい」
同年10月に教員を辞め、翌2021年から法人運営に専念しています。
菊池さんが18歳以上の女性の住居支援のかたちをシェアハウスとしたのには強いこだわりがあります。
児童相談所の対象は18歳までですが、「18歳を過ぎてから、『あれは暴力だった、虐待だった』と気づく子たちもいます」(菊池さん)。
18歳以上の住まいの提供としては「自立援助ホーム」という枠組もありますが、児童相談所の介入が必要となり、菊池さんを頼ってくれた若者の多くは対象外となってしまいます。
菊池さんは直接頼ってきてくれた、かつての教え子たちを助けたいという気持ちから、困り事を抱えている若者と直接つながれるシェアハウスという手段を選んだのだといいます。
シェアハウスの入居期間は原則1年、最長2年まで。
「アマヤドリには、ちょっと疲れたときの『雨宿り』という意味合いを持たせています」と菊池さん。「『環境を変えて、深呼吸してみるのもいいものだな』と思ってもらえたらうれしい」
その結果、入居者を行政など外部機関とつなぐようなケースもあった一方で、「アマヤドリ」に数日間滞在した後、家族との話し合いの場を持ち関係が改善するケースもありました。
これまでの入居者は、平均200日ほどをこの場所で「雨宿り」し、次の場所に向かったそう。
「(入居期間中に)就労環境を整えるのがゴールではなく、まず1年間、環境を変えてみるというきかっけ作りの場所です。シェアハウスを出た後も相談支援というかたちでつながり続けています」
法人としてのアマヤドリは、相談支援や同行支援、居住支援なども展開していますが、女性に限った支援としているのはシェアハウスだけです。
その理由について、菊池さんは「性被害など、何かしらの被害に遭う人が、私の周りでは圧倒的に女性が多かった」と話します。さらに、お金を稼ぎながら一人暮らしをしようと調べる女性が、性産業に出会う確率が高いと感じているといいます。
「選択肢がたくさんある中で、その産業を選ぶのと、選択肢がない中で『追い込まれて、仕方なく』そちらにいくのとでは違うと思うんです」と菊池さん。一つ一つ言葉を選びながら話します。
そのため、シェアハウスで生活をする中で、「選択する」ことを身につけてほしいと考えています。
「シェアハウスに初めて来たとき、夕食をお魚にするかお肉にするかも選べない子もいます。選択を積み重ねる経験をすることで、『本当に望むところ』を一緒に探していきたいと思っています」
当初は手探りだった運営も、4年目となり、現在では中心となる10人のスタッフにボランティアも加えた体制で臨んでいます。今年中には、新たなシェアハウスも開設する予定だといいます。
うれしかったのは、巣立っていった若者が定期的にアマヤドリを物資提供などで支援し続けてくれていること。
これまでは、菊池さんと元々つながりがあり、頼ってきてくれた若者をサポートしてきましたが、これからはより多くの若者とつながっていきたいと考えています。
そのため、YouTubeで「アマヤドリ」のコンセプトを伝えるミュージックビデオを配信したり、SNSでの発信を強化したりしていくといいます。
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