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芥川賞作家・西村賢太さんのお墓も被害 「早く修復を」願っても…
確認されているだけでも石川県内でおよそ5.7万戸の住宅が被害を受けた能登半島地震。住宅だけでなく多くの墓石も倒壊し、発生から1カ月半が経った現在もそのままになっている現状があります。七尾市の歴史あるお寺では、芥川賞作家のお墓も被害を受けていました。(朝日新聞デジタル企画報道部・武田啓亮)
「被害の大きさに、ただただ呆然とするしかありませんでした」
住職の高僧(こうそう)英淳さん(71)が少し疲れた様子で語ります。
1月下旬、石川県七尾市を取材していた記者は、市内にある西光寺を訪ねました。
寺の入り口にある「山門」が倒壊しており、境内を見渡すと、いたるところで墓石が倒れていました。
西光寺は、奥州藤原氏にゆかりを持つ歴史ある寺で、江戸時代に活躍した能登出身の第六代横綱、阿武松(おうのまつ)緑之助の顕彰碑もあります。
2022年に54歳で急逝した芥川賞作家、西村賢太さんのお墓があることでも有名です。
その西村さんのお墓も、墓石が倒れ、その上に崩れ落ちた地蔵堂の屋根が覆い被さっています。瓦屋根の隙間からは、お地蔵さんの頭が見えました。
高僧さんによると、墓石の倒壊だけでも100基を超え、なかには骨壺が割れてしまったものもあるそうです。
壊れたお墓にブルーシートをかけるなど応急処置をしていますが、復旧の目処は立っていません。
「再建には年単位の時間がかかるかもしれない」と高僧さんは話します。
そもそも、墓石の地震対策はどうなっているのでしょうか。
墓石などの業界団体「全国優良石材店の会」(全優石)の担当者によると、
地震の際、最も多い被害は墓石が倒れてしまうことだといいます。
基本的に、石同士はセメントなどで接着してあるだけ。
担当者は「石そのものに重量があるので普段は問題ないのですが、大きな地震には耐えられません」と指摘します。
しかし、多くの墓石が被害を受けた2011年の東日本大震災をきっかけに、新たな地震対策が行われるようになったそうです。
「お墓の一番上に位置する『竿石』と、土台の接触する面に穴を開け、ステンレス製の棒を通す方法が導入されるようになりました。揺れを吸収する特殊なゴムと組み合わせることで、震度7クラスの揺れにも耐えられるようになっています」
ただ、この施工は新しくお墓を買う人がオプションとして導入する場合が多く、古いお墓に耐震工事をしようとする人は少ないそうです。
「お墓は頻繁に買い替えるようなものではありませんから、住宅などと比べて耐震化がなかなか進まない現状があります」
壊れたお墓の修復・復旧にかかる時間について、担当者は「2016年の熊本地震では半年から1年かかったところもあったようです。今回は、それ以上かかる可能性もありそうです」と言います。
墓石が倒れたりずれたりした場合、人力のみで元に戻すのは不可能なため、重機や工具類を運び込んで作業する必要があります。
墓地によっては、地震の影響で重機の立ち入りができない状態の場所もあるそうです。
「もし順調に作業できたとしても、1基のお墓を直すのに3~4時間はかかります。1つの石材店が対応できるのは1日3件ほどが限界です」
全優石に加盟している、石川県内のある石材店では、地震発生直後から1日10件ほどのペースでお墓の復旧依頼が寄せられており、作業が追いつかない状態なのだそうです。
全優石の担当者は「『早く直してくれ』『まだ来られないのか』という問い合わせも多く寄せられているようです。こちらも可能な限り急いではいますが、限界があります」と語ります。
「過去の大地震では、多忙によるストレスで体調を崩したり、うつ病になる従業員もいました。業界として、同じ事を繰り返すわけにはいかないという思いもあります」
復旧の長期化が予想される中、全優石はホームページなどで、ある「お願い」をしています。
「二次被害を避けるため、修復が終わるまで、なるべくお墓には立ち入らないでいただきたいのです。見た目は無事に見えても、墓石と台石との接着力が低下していたり、地盤自体が傾いていたりして、突然墓石が倒れてくることがあります」
大切な家族が眠る場所を、早く元通りにしたい――。
担当者はその気持ちに理解は示しつつも、「まずは今、生きているみなさまの安全を大事にして欲しいと思います。お墓で眠るご家族も、そう願っているはずです」と話していました。
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