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お金と仕事

〝2040年の音楽〟を今、聴けたなら 「好き嫌いが分かれる」理由

未来の音楽を語る大黒達也さん=2024年1月29日、東京都文京区本郷(撮影:吉田貴文)
未来の音楽を語る大黒達也さん=2024年1月29日、東京都文京区本郷(撮影:吉田貴文)

目次

人はなぜ、音楽を好きになるのか? 「音楽と脳」の関係を研究する大黒達也(だいこく・たつや)さんは、脳が新しい音楽を聴いた時に生じる認知の「揺らぎ」が影響していると言い、このメカニズムを使って未来の音楽の予想に取り組んでいる。作曲家を志しながら、なぜかリハビリや医学の勉強に転向、今は脳神経科学研究者という異色の経歴を持つ大黒さんに、根掘り葉掘り聞いた。(朝日新聞デジタル企画報道部記者・吉田貴文)

【プロフィール】大黒達也(だいこく・たつや) 
東京大学大学院情報理工学系研究科次世代知能科学研究センター特任講師。1986年、青森県八戸市生まれ。2016年、東京大学大学院医学系研究科内科学専攻医学博士課程を修了。オックスフォード大学医科学部実験心理学部、マックスプランク研究所神経心理学部、ケンブリッジ大学教育神経科学研究所の研究員を経て、2020年4月から現職。著書に『芸術的創造は脳のどこから生まれるか?』『音楽する脳 天才たちの創造性と超絶技巧の科学』など。
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「音楽と脳」の研究者

未来の音楽を語る大黒達也さん=2024年1月29日、東京都文京区本郷(撮影:吉田貴文)
未来の音楽を語る大黒達也さん=2024年1月29日、東京都文京区本郷(撮影:吉田貴文)
――なぜ、「音楽と脳」の関係を研究することに?

幼い頃、家にピアノがあり、姉の弾くピアノを見聞きしたり、音楽を耳コピで真似たりしていました。そのとき感じた、「音が心地よく聞こえる謎」を知りたいという思いが発端でしょう。

――ご自身も音楽の勉強を?

自分で曲を作りたくなり、音楽の基礎的な理論や和音を学びました。ピアノも始め、発表会では自作の曲を弾かせてもらいました。音大に行った姉と同じコースを目指そうと、高校になると週末に青森県から夜行バスで上京して勉強したのですが、いよいよ受検という段階になり、急に受けたくなくなって……。

――そこまでやって、どうして?

クラシックはわりとみっちりやったので、別のことを知りたくなった。それで、小曽根真さんなど著名なジャズピアニストが教鞭をとっていたりもした国立音大を受けて合格したのですが、なんだか自分の目指すものとは違う気がして辞退しました。

――受験は目の前ですよね。どうしたんですか。

都会は憧れだったし、大学にも行きたかった。受験できる医療系の大学を探しました。

――医療?

もともと楽器を弾く人間の体に興味があった。スポーツもたくさんしていましたしね。探すうちに柔道整復に目が止まった。骨折などを治す日本の伝統的医療です。空手をしていた頃にお世話になっていたことがあり、面白そうだと思って当時は日本で唯一、都内で柔道整復を学べた帝京平成大学を受けて合格しました。

大学では4年間、体のことを勉強し、22歳で国家試験に通って柔道整復師の資格を得ました。一方で、ピアノを教えたり、デパートやラウンジでピアノを弾いたり、音楽の仕事をしたりもたくさんやっていました。

――柔道整復と音楽の二足のわらじ。進路に迷われたのでは?

卒業後は整形外科の領域に進みました。病院や診療所でリハビリ職で働きながら、趣味で作曲していましたが、次第に「音楽と脳」を研究したいという気持ちが強まってきました。

――まさに“第三の道”!

でも、研究のことは何も知らない。大学院で「イロハ」を学ぼうと、昭和大学の精神科の先生のもとで大学院の修士課程に入りました。平日は仕事、土日は大学院で勉強。そこで自分は音楽を「研究」することに向いていることに気づきました。

作曲は好きですが、仕事にすると、売れる曲や評価される曲を作らなければいけない縛りがでてくる。研究だと、自分がやりたい形で音楽を追求できる。リハビリ職を3年で辞め、音楽研究を深めるべく博士課程に進むことにしました。テーマは「音楽と脳」です。

――音楽、体、今度は脳に関心を。

はい。音が心地よく聞こえる理由を研究するには、脳が音楽をどう認知しているかを知る必要があると考えたからです。音の認知研究、聴覚認知の研究にMEG(脳磁図)という検査が有効だと分かり、MEGで聴覚の研究をする東大の先生の研究室に入ろうと医学系研究科の大学院試験を受け、無事研究をスタートしました。
 

音楽の「好き嫌い」の理由

脳波を測定する防音の部屋=2024年1月29日、東京都文京区本郷(撮影:吉田貴文)
脳波を測定する防音の部屋=2024年1月29日、東京都文京区本郷(撮影:吉田貴文)
――ついに、自分の道を見つけたわけですね。

博士課程では、人間が音をどういうふうに認知してるか、音楽だけではなく音声言語も含めて研究しました。着目したのは脳の「統計学習」という機能です。統計学習でどこまで音楽の認知を説明できるか追求してみようと。

――統計学習?

統計学習は、行動や意思決定、言語の獲得など知識や知性の発達に関わる脳の重要な機能です。具体的には、身の回りの現象や事柄の「確率」を自動的に計算し、整理する脳の働きのことを言います。この機能が音楽的感性や創造性とも深く関わっているといわれています。

――「確率」を計算して整理することと、音楽にはどのような関係があるのですか。

次に何がどんな確率で起こるか予想できます。音楽のケースで言うと、音楽を聴いて音のデータを蓄積した脳は、音の統計的確率を計算するようになる。つまり、ある音の動きがあれば、次にこの音が来る確率が高いと予測する。この機能のおかげで、人は音楽を理解できるようになるのです。

音に関する情報が増えると、曲の評価も変わります。乳幼児は脳が未発達なので童謡など単調な曲を好みますが、年齢が上がるにつれて脳が発達し、複雑な音楽を求めるようになる。

――人が音楽を学習する過程はわかりました。しかし、好みが変化するのはなぜですか?

脳は飽きっぽく、常に新しいものに興味を持つ臓器です。でも、新しい情報に触れると「不安」にもなる。そこで学習して既知情報としてインプットする。すると再び飽きが生じ、新しいものに興味を持つ。その繰り返しです。

音楽も同じ。好きな曲でも慣れすぎると飽きて、聴いたことがない音楽に興味を持つ。未知の音楽に触れたとき、脳には統計学習に基づく予測に誤差、「揺らぎ」が生じます。この「揺らぎ」が好みに関係していると私は考えています。

――どういうことですか。

初めて聴く音楽なのに、なぜか懐かしいという経験をされたことがある人は多いと思います。これは、統計学習による予測が程よく当たった、「揺らぎ」が適度な状態です。この場合、その音楽を好ましく感じやすい。これに対し、予測が外れているか、予測ができない場合、その音楽はわからない、もっと言えば不快に感じる。これは要するに「揺らぎ」が大きすぎる状態です。

要は、「揺らぎ」の大きさで、好き嫌いが分かれるようなのです。しかし、その境界がどこにあるかまだ、はっきりしない。個人的には、体の反応がカギを握っている気がしています。一定の「揺らぎ」が生じた時に生じるある種の身体感覚があるようなのです。ただ、まだ証明されておらず、今後の研究課題です。

――個人の好みの変化もさることながら、時代によって好まれる音楽も変わっています。

その通りです。クラシックで言えば、バロック、古典派、ロマン派というように。日本のポピュラー音楽も、1980年代の曲と比べて今、人気がある曲は明らかに複雑になっています。

「未来の音楽」を予測

ピアノを弾く大黒達也さん(大黒達也さん提供)
ピアノを弾く大黒達也さん(大黒達也さん提供)
――大黒さんは「未来の音楽」を予測しようとしていると聞きました。

ここまで話してきたように、人間の「飽き」と新しいものへの興味が生み出す予測の「揺らぎ」が個人の音楽の好み、さらに音楽の流行りを作っていると、僕は考えています。そして、音楽に対する「揺らぎ」方は、過去から現代に向けて少しずつ自然に変化してきたと捉えています。

その変化の仕方を把握するため、ルネサンスあたりから現代に至るまでの音楽モデルの変化を、脳の「音楽と脳」の観点から体系化しています。具体的には、時代の特徴が出ているクラシックやジャズの楽曲を選び、楽譜をもとに電子情報をコンピューターに打ち込む。

それを基に、音楽の「揺らぎ」方が時代によってどう変化してきたかを、統計学習の視点を入れて分析します。そこで変化の傾向が可視化できれば、今の音楽をもとに未来の音楽が予測できるはずです。

――未来とはいつ頃を。

当面は2040年あたりの音楽を予測したい。予測した近未来音楽のモデルをもとに自動作曲システムで曲を作り、自分の手で演奏して発表することも考えています。音楽は人間が体を使って演奏するものだと考えているので。

――ポピュラーの予測はしないのですか。

ポピュラーは市場でウケることが、クラシック以上に求められます。音楽の変化が、人間が本来もつ「飽き」と新しいものへの興味が生み出す「揺らぎ」によるものか、不確かなところがあるので、なかなか難しい。ただ、ポピュラーにも時代を画する曲はあるので、そういう曲を選んで研究し、未来のポピュラー予測もいずれやりたいです。

――予測が当たる自信は?

シミュレーション実験で入念に検証していけば当たるでしょう。その曲を現代人が知ってしまうことで、そうでない曲を作る可能性はありますが、それはそれで面白いんじゃないかな。

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