連載
#20 ナカムラクニオの美術放浪記
かまどに火入れ、息を吹き返した古民家 庭には石の五輪塔を飾って
ナカムラクニオの美術放浪記
最近、長野の諏訪にある古民家を譲っていただいたので、リノベーションをはじめた。
元々は、縄文時代の集落だった場所なので、とても不思議な魅力を感じる。何か見えない磁場のようなものがあるのだ。
地元の方に聞いてみると、やはり昔から美味しい作物がたくさん収穫できる場所だったため、奥深い山の中でも代々、人が住み続けているそうだ。
さらに戦いに敗れた武田信玄の家臣たちが移り住み、現在まで隠れ里として、ひっそりと栄えた土地らしい。
土を触ったりするせいかもしれないが、行くたびに元気になる。しかし、もっと違う理由があるような気もしている。
その家には、機織りやかまどが残されており、江戸時代から時間が止まっているようだった。
建物は、諏訪の宮大工だった親戚の方が50年以上かけて改築を重ねており、どこか神社のような佇まいも感じられた。
屋根や軒先の一部に赤いベンガラが塗られていた。古い木のはしごにもベンガラが付着しており、定期的に塗り直されていた形跡もあった。
蔵は二つあり、嫁入り道具のタンスや長持がいくつも保管されていた。
こうして、古い地域で古いものを触っていると、まだ知らない過去の記憶が蘇って来るような感覚にもなる。蔵の中に落ちていた新聞紙は、昭和初期のものだった。
まずは、かまどを修理して、火を入れた。すると家が息を吹き返したように呼吸を始めた。
かまどは、単なる道具ではなく、心臓のようなものなのではないかと思った。ヒビ割れた煙突から煙が流れ出し、部屋の隅々まで燻され、家もなんだか嬉しそうだった。
床の間には、縄文土器の大きな壺を飾った。こんなに縄文土器がしっくりと収まる場所もなかなかないだろう。
庭に生えていた名もなき草花をいけるとそれだけでも美しい茶室のように変身した。
そして、庭に「漆」の木を6本、藍染用の「藍」、そして茶の苗を植えた。
冬の寒さに耐えられるか心配だが、数年後には、きっと原始の森のような庭ができていることだろう。
集落の入り口には、石で作られた道祖神が並んでいた。
この周辺は、古くから石材加工を行う職人である石工(いしく)が多く住んでいて、鎌倉時代頃から江戸時代にかけて石仏を始めとする彫刻作品や道祖神などが多く作られたそうだ。
道祖神は「村の守り神」。村の入り口や三叉路などに立て、五穀豊穣、無病息災、子孫繁栄を祈願するもっとも身近な神様だ。
長野県は特に道祖神が多い地域として知られている。
やはり村の入り口に悪霊や疫病などの悪いものが入り込まないように見張っている神様がいるというのは、心強いものだ。
諏訪は、まだ昔の日本の信仰や風習などが残り、民俗学的にも興味深い地域だと思った。
荒れた庭を掃除していると、中世のものと思われる石の仏塔が出てきた。
平安時代くらいのものだろうか。大分の国東半島などでもよく見かける石の五輪塔だ。一部が欠損しているが、丸いと四角の形がとても美しい。
周辺を丁寧に掃除して、庭のシンボルとして飾ることにした。縁側から眺めていると、歴史のある庭園みたいで、とても嬉しかった。
アイルランドを旅した時に見た、ケルトの石を思い出した。幾何学な文様が刻まれた石は、魔除け的な力を宿しているようにも感じる。
諏訪の古民家は、聖なる石とかまどの火を手に入れ、ますます生き物のように見えてきた。家は、単なる箱ではなく、ある種の小さな生態系なのだ。
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