連載
#2 はたらく年末年始
ベートーベン「第九」で年越し…実は日本だけ? 風物詩になった理由
年末になれば、どこからともなく聞こえてくるあの曲、そう、ベートーベンの「第九」。12月になると第九の演奏会がぐっと増え、もはや年越し前の風物詩ともなっています。なぜ年末になると第九がよく演奏されるのでしょうか。日本フィルハーモニー交響楽団でソロ・コンサートマスターを務める木野雅之さんに聞いてみました。(朝日新聞デジタル企画報道部・小川詩織)
年末になると、あちこちのコンサート会場で演奏されるベートーベンの交響曲第9番二短調(合唱付き)、通称「第九」。ベートーベンが作曲した最後の交響曲で、第4楽章ではオーケストラの演奏とともに、合唱団が「歓喜の歌」を歌い上げます。
この第九が日本で最初に演奏されたのは1918年のこと。徳島県鳴門市の「板東俘虜(ばんどうふりょ)収容所」でした。第1次世界大戦で捕虜となったドイツ兵たちによる徳島オーケストラが演奏をしました。
1924年には、東京音楽学校(現・東京芸術大)の生徒が日本人として初めて全楽章を演奏。その後、NHK交響楽団の前身の新交響楽団が、プロ楽団として第九の演奏を重ねたことで日本中で知られていったということです。
では、なぜ「年末は第九」なのでしょうか。日本フィルハーモニー交響楽団でコンサートマスターを務めるバイオリニストの木野雅之さん(60)に聞きました。
――年末に第九がこんなにも演奏されるのはなぜでしょうか。
私が物心ついた時から、年末には第九が演奏されていました。音楽家は演奏会がなければ収入が得られないため、生活は不安定。「正月のお餅が買えないかもしれない」と不安だった演奏家たちの経済的な理由があったのでしょう。
第九の合唱は一般市民が担当することも多く、演奏家と市民みんなで力を合わせて、家族や関係者たちにせっせとチケットを販売していたようです。
――だから合唱付きの第九が好まれたのですね。
それに、第九はなんといってもあのベートーベンの最後の交響曲。オーケストラもあって、合唱もあって、聴く方としても一年のしめくくりにふさわしい豪華な曲ですよね。幅広い客層に好かれますし、日本人にもなじみやすかったんでしょう。
最近では、合唱団として、ステージに立って第九を歌うことを楽しみとしている人も増えてきています。これも第九人気の一つでしょう。
――ここまで第九が演奏されているのは日本だけなのでしょうか。
実はそうなんです。私はアメリカのオーケストラにもいたことがあるのですが、アメリカでは年末になると、ミュージカル曲、例えば「マイ・フェア・レディ」なんかを演奏することが多かったです。
ヨーロッパでも、ヘンデルの「メサイア」とかバッハの「クリスマス・オラトリオ」といった合唱曲がよく演奏されています。
――木野さんも毎年、第九を演奏するのですか。
私もプロになってからは第九を弾かずに年を越すことはないですね。弾かないと年が越せないくらいです。
今までで合計250回以上は演奏してるのではないでしょうか。オーケストラで演奏した曲の中でも最も回数が多いです。
――私(記者)も去年の年末は第九を聴きました。これからも「年末は第九」で、年を越したいですね。
毎年、第九を楽しみにしてくれているお客さんがたくさんいて、とてもありがたいです。
私自身も、第3楽章の美しいメロディーを奏でている時は、「今年一年もいろいろあったなぁ」と思い出がよみがえります。特別な曲ですね。
と言いつつも、演奏しながら「もう12月?!今年も早かった!」とも思っちゃいますけどね。
第九は平和を願う曲でもあります。今は世界で戦争が続いている地域もあります。演奏家や合唱団の平和への願いが、第九を通じてたくさんの人に届くとうれしいです。
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