連載
#24 小さく生まれた赤ちゃんたち
3人の子どもは「低出生体重児」35週29週26週で産んだ母の覚悟
およそ10人に1人が2500g未満で生まれる「低出生体重児」です
日本では、およそ10人に1人が2500g未満で生まれる「低出生体重児(ていしゅっせいたいじゅうじ)」です。早産、多胎児の増加、妊婦の体重制限、妊娠年齢の上昇などを背景に、小さく生まれる赤ちゃんの割合は50年で2倍近くになりました。
産後、赤ちゃんより先に退院する母親も多く、面会の日々に孤独を感じる人もいます。家族の思いを伝える機会は少なく、状況を知らない人の声に悩むことも。早産児3人を育てる母親は「何げない言葉に追い詰められることがある」と振り返ります。11月17日は「世界早産児デー」です。
※世界早産児デーとは:早産の課題や負担に対する意識を高めるために、2008年にヨーロッパNICU家族会や提携する家族会によって制定されました
東京都豊島区に住む羽布津碧(はぶつみどり)さん(41)は、小さく生まれた3人の子どもを育てています。
多くの赤ちゃんは妊娠37~41週(正期産)で生まれ、平均体重は約3000g、平均身長は約49cmのところ、長女(4)は妊娠35週1643g、40.5cm、次女(3)は妊娠29週1080g、36cm、長男(1)は妊娠26週809g、33cmで生まれました。
「子どもがほしい」と思ったのは結婚5年目。それまであまり意識していませんでしたが、持病の影響で医師から妊娠が難しくなるかもしれないと告げられた際、初めて「自分の子に会いたい」という思いが芽生えたそうです。
「いつかは子どもがほしい」と思っていた夫の恭平さん(41)も羽布津さんの事情を考え、ともに30代半ばで妊活を始めました。
不妊治療を経て、体外受精で長女を妊娠しました。妊娠中は、重度のつわりで2度入院したり、赤ちゃんの胎動が感じられず緊急入院になったり、不安定な日々。それでも、「うちの子は大丈夫。無事に生まれてくるはず」と信じて過ごしました。
陣痛がきて、正産期よりも少し早い妊娠35週に経膣分娩で出産。泣き声を聞き、「ちゃんと生きてる。大丈夫」とほっとしたといいます。長女はNICU(新生児集中治療室)に運ばれました。
羽布津さんは退院後、3時間おきに搾乳した母乳を持って毎日病院に通いました。
「赤ちゃんのためにやってあげられることはこれしかない」と、病院や外出先のトイレで手動の搾乳器を使い、赤ちゃんの動画を見ながら搾乳することもありました。思うように母乳が出ないむなしさや、「みんなが排泄(はいせつ)する場所で何やってるんだろう」という情けなさで涙が出ました。
授乳室があっても「赤ちゃんがいないのになぜ?」と思われたくなかったため、使わなかったといいます。
面会は24時間でき、日中はひとりで、夜は夫とともに長女を見守りました。しかし、保育器の中にいる赤ちゃんが「自分の子どもという実感はなく、母親の自覚も持てなかった」と話します。
毎日面会に行ってもお世話できることは少なく、「看護師さんに育てられている」という意識がありました。「夜も寝られなくて大変」という育児とはかけ離れた産後だったといいます。
主治医や看護師に「本当に私は出産したんでしょうか? いつもお世話をしてもらっていて、たまにお手伝いさせてもらうだけ。私はママなんでしょうか?」と聞くこともあったそうです。
赤ちゃんの足や母親の腕に巻かれる名前を書いたバンドが、数少ない「子どもを産んだ証し」でした。
母親の自覚が出たのは、生後11日でカンガルーケアをしたとき。羽布津さんの胸に抱かれた長女は「とろけたような顔」をしていたといいます。
「それまで見たことのない表情でした。私の心音を聞いて落ち着いてくれたのだと思い、この子はおなかにいた子と同じなんだとようやく感じられました」
長女はおよそ1カ月半後に、2278gで退院しました。
きょうだいを望み、その後も不妊治療を続けた羽布津さん。2人目以降も早産になる可能性を指摘されていましたが、「どんな状況で生まれてきても育てたい、一緒に暮らしたいと思っていた」と覚悟は固まっていました。
夫も、「なるようになる。子どもたちが生きやすい環境をつくることが一番」と考えていたといいます。
昨年、帝王切開で809gの長男を出産したあとは、おなかの傷が「出産の証し」となりました。長男は約4カ月入院し、3700gで退院しました。
ただでさえ3人を育てる日々は「めまぐるしくて振り返る時間がない」状況です。そのうえ、羽布津さんの子どもたちは発達のフォローアップや予防接種、眼科検診、リハビリのため、多いときで月6、7回保育園を休んで病院へ行きます。
早く小さく生まれた子どもたちの場合、発達がゆっくりだったり、障害や病気のリスクがあったりするため、定期的に受診が必要です。
NPO法人「新生児臨床研究ネットワーク」によると、2010~2019年に生まれた赤ちゃんの3歳時の発達の遅れは、妊娠22週で44%、妊娠30週で9.4%に見られました。
糖尿病や高血圧、肥満、やせなどのリスクも高いと言われています。
産婦人科医で、福島県立医科大学特任教授の福岡秀興さんは「乳児期、学齢期にとどまらず、その後のリスクも考えないといけません。いかに病気の発症を少なくできるかが課題となっています」と指摘します。「成人後の疾病リスクを少なくするには、幼いころから身体の発育記録をつけて、肥満ややせを抑制することも大事です」
羽布津さんの子どもたちも発達はゆっくりですが、まだ幼いため障害などの診断はつかず、経過観察をしている状況です。「長女がゆっくりだったこともあり、下の子たちの発達にもあまり焦りを感じません。病院で指摘されるまではあまり気にせずいようと思っています」
妊娠中から医療従事者に支えられてきた一方で、羽布津さんは「家族の気持ちが伝わっていないのかも」と思うこともありました。
長女が入院中、「子どもは治療で苦しい思いをしているのに、自分は退院して普通に生活している」と後ろめたさを感じていました。
赤ちゃんのために何もできていないと「気持ちの限界」を感じていたとき、病院で医師が何げなく発した「子育てに休みはありませんよ」という言葉に心が折れてしまいました。
「医療者としては、子どもと愛着関係を築いてもらいたい思いがあったのかもしれませんし、一般的には違和感のない言葉だと思います。でも、当時の私は『子育てできていない』ことに苦しんでいました」
2021年、小さく生まれた赤ちゃんの家族会「みらいbaby」を立ち上げ、定期的に家族と交流してきました。親の自覚を持てなかった、自分を責めてしまったといった悩みは、多くの親が抱えていることを実感しました。
小さく生まれた赤ちゃんの家族の気持ちは社会に知られていないのではないかーー。そんな疑問も生まれたといいます。
羽布津さんは、かつて大学院で心理学を専攻していました。家族会の運営を通じて感じた課題を研究者として発信できないかと、2022年4月から改めて大学院の博士課程に通い、小さく生まれた子どもや家族の支援について研究を始めました。看護師や心理職として働いていた経験から、「支援が必要とされている人の声を届けたい」という思いもあったと話します。
「早産になって自分を責めていた思いは、子どもが3、4歳になってもよみがえってくる」
「発達検査で数字だけ示すのではなく、どうしたら子どものためになるのかその後の指針まで聞けると前向きになれる」
「医療者にどこまで相談していいのか分からない」
研究に関するインタビューでは、母親を中心に多くの本音を聞きました。「きょうだいを産んであげられなかったから言語発達が遅いのではないか」と、責める必要のないことまで気にする母親もいたそうです。
羽布津さんは、こうした家族の感情を理解している医療者は少ないと指摘します。学会などで出会う医療者からは「家族が何を考えているか知りたい」といった言葉を聞き、ニーズも実感しています。
「小さく生まれた赤ちゃんに関心を持ったきっかけは自分が早産になったことですが、当事者の私だからこそ、多くの家族の声をきちんと聞き、きちんと整理して届けていきたい」と話します。
早産児3人の子育てを通じて、週数や体重だけにとらわれる必要はないとも感じました。
「『うちの子は何gで生まれた』と型にはめて比較してもつらくなるだけです。通院が必要で大変なこともありますが、特別な子というわけではないと思います。家族が子育てを楽しめるためにはどうしたらいいか、家族そろって幸せに生きるにはどういう支援が必要かなども伝えられるように、研究を進めていきたいです」
※この記事はwithnewsとYahoo!ニュースによる共同連携企画です。
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