故人のスマートフォンのパスワードがわからず、必要な情報が取り出せない――。多くの人がスマホやパソコンといったデジタル機器にデータを集約する今、こうした「デジタル遺品」を巡るトラブルが増えています。
デジタル遺品にアクセスできないと、残された家族はどんなことに困るのか、トラブルを防ぐにはどうすればいいのか。
デジタル遺品との向き合い方について、弁護士で「日本デジタル終活協会」代表理事の伊勢田(いせだ)篤史さんに、相続ポータルサイト「相続会議」の岩井建樹編集長が聞きました。
伊勢田篤史(写真左)
終活弁護士・公認会計士。「相続で苦しめられる人を0に」というミッションを掲げ、相続紛争(争族)の予防に力を入れている。
岩井建樹(写真右)
相続会議編集長。お金について学ぶことで、お金の悩みを和らげられると考えている。この取材をきっかけに、財産の一覧表を作成した。
ーー岩井編集長:そもそもデジタル遺品とは?
伊勢田弁護士:明確な定義はありませんが、「亡くなった人のパソコンやスマホなどのデジタル機器に保存されたデータや、インターネットサービスのアカウントなど」と理解するとイメージしやすいでしょう。
デジタル遺品は、大きくふたつに分類することができます。
ひとつは、「パソコンやスマホなどのデジタル機器に保存されたデータ」である「オフラインのデジタル遺品」です。
もうひとつは、「インターネットサービスのアカウントなど」である「オンラインのデジタル遺品」です。
ーー例えば、どんなものでしょうか?
「オフラインのデジタル遺産」の具体例としては、スマホやパソコンなどに保存された写真や文書などのデータ、インターネットの閲覧履歴、ダウンロード済みのアプリなどが挙げられます。
一方、「オンラインのデジタル遺品」の具体例としては、SNSやネット証券といったインターネットサービスのアカウントなどが挙げられます。サブスクリプション(サブスク)で毎月定額課金されるものがわかりやすいですね。
ーー時計のような物理的な遺品と比べ、デジタル遺品は「目に見えない」「手で触れられない」といった特徴がありそうですね。
はい、そのため遺族が把握しづらいんです。結果、遺族が困ることが多々あります。
ーーどのようなトラブルがあるのでしょうか?
多いのが、遺族がスマホのログインパスワードを解除できず、葬儀などで必要な情報(データ)を取り出すことできないことです。
例えば、遺影です。一昔前なら、写真を撮ったら現像して紙焼きしたり、デジタルカメラのメモリカードにデータが残ったりしていましたよね。故人の遺影写真を見つけるのはそれほど難しくなかったと思います。
今はどうでしょうか? スマホで撮影した写真の多くは、現像(プリントアウト)もせず、スマホ内やネットのクラウド上に保存したままではないでしょうか。
したがって、スマホのログインパスワードを生前から家族と共有しておかないと、遺影とするのに適切な写真をスマホから取り出すことができません。
実際、良い写真を見つけることができずに、仕方なく昔の写真を遺影に使ったところ、「もっといい写真はなかったの?」と親族から嫌みを言われるケースもよく耳にします。
ーー連絡先も、スマホに集約されていますね。
かつて一家にひとつあった手書きの電話帳も今や「絶滅危惧種」となり、友人や知人の連絡先はすべてスマホで管理する時代となりました。
故人のスマホのログインパスワードがわからないと、葬儀の連絡をしたい友人や知人の連絡先も取り出すことができません。
連絡先を調べなきゃ、と焦って、当てずっぽうにスマホのログインパスワードを入力しないようにご注意ください。
iPhoneのように、一定の回数パスワードを間違えると、スマホ内のデータがすべて消去されてしまうスマホもありますので。
ーーパスワードがわからないスマホから、情報を取り出す方法は?
スマホのログインパスワードなどを解析し、スマホ内のデータを取り出すサービスを展開している会社があります。
ただし、費用と時間がかかります。機種などによっても大きく異なりますが、費用は20~30万円程度、期間も数カ月以上かかることもあるようです。
ーーお葬式に間に合いませんね。相続の観点から、デジタル遺品で起こりうる問題は?
2024年1月から新NISA制度が開始するなど、今後ネット証券を利用する人は増えるものと思われます。そんな中、スマホのロックが解除できず、故人のネット証券口座を把握できないと、相続財産に漏れが生じる恐れがあります。
遺産の分け方を決めた後に、新たにネット証券口座が見つかった場合、協議内容によっては、その証券についての分け方を再び協議する必要があります。
また、遺産の分け方について相続人同士がもめている最中に新たな遺産が見つかれば、「おまえ、故意に隠していただろう」と新たな火種になりかねません。
ーー年齢が下がるほど、こうした問題に直面しそうですね。
はい。もちろん人によりますが、ご高齢の方は、スマホやパソコンなどに情報を集約していないので、デジタル遺品はそれほど問題にならないと思います。
では、30代、40代の方はどうでしょうか? この年代の方の多くは、スマホやパソコンに情報(データ)を集約しているかと思いますので、デジタル遺品への備えが必要です。
ーーどのように備えればよいでしょうか?
理想としてはエンディングノートなどに、死後の連絡先、財産の一覧表、契約しているネット上のサブスクなど、必要な情報をすべて書き出し、遺影に使う写真も事前に準備しておくことです。
しかし、「終活弁護士」としての私の結論は、そんな面倒なことをほとんどの人は「やらない」ということです。
ーーやらない? 手間がかかると言っても数時間でできそうですが?
はい、多くの人が必要性を理解しても、実際にはしません。
理由は「今やる必要はないから」です。大病を患っている人ならまだしも、多くの人はすぐに死ぬとは思っていません。「ずっと先のこと」という認識があるので、「今やろう」とはなりません。
ーー夏休みの宿題みたいですね(笑)
そうですね。それに、エンディングノートに必要項目を記すことは、自分が死ぬことを想像しながら取り組むものなので、相当な苦行なんですよ。あまり気の進むものでないのは確かです。
ーーではどうすれば?
私は「生前のうちに、家族とパスワード共有を」と強調しています。スマホやパスワードにログインさえできれば、何とかなります。これなら手間もかかりません。
ーーえっ、嫌だ。家族と言えども知られたくないです。
はい、岩井さんのように「生きているうちはパスワードを知られたくない」と言う人が圧倒的に多いです。
そこで、私はスマホにも「スペアキー」をつけることをお勧めしています。
名刺サイズのカードに、スマホやパソコンのパスワードを書き、自分の財布や通帳に挟んでおきます。
パスワード部分は修正テープを貼って隠し、万一のときはテープを削るよう家族に共有しておきます。
これなら、生前にパスワードを知られてしまうリスクを避けつつも、万が一の際にパスワードを共有することが可能です。すぐに作れるのでぜひやってみてください。
ーー死後でも、スマホやパソコンの中身を見られるのは嫌だなぁ。
死後であっても、家族に隠さないといけないデータがある人もいますよね。
対策としては、パソコンであれば「あのフォルダにはあの情報が入っているから、そこだけ見てほしい」と事前に伝えておくことです。そこに至る導線に、見られたくないデータを置いておいてはいけません。
また、間違っても「このフォルダは見ないで」と伝えるのはやめましょう。そう言われると、人は見たくなるものですから、99%見られてしまうかと思います。
ーー要望通り、必要なデータだけ見てくれますかね……ネットの検索履歴さえ、僕は見られなくないです。
要望通りにしてもらえるような信頼関係を生前に築いておくことが、デジタル終活です(笑)
ーー厳しい(笑)。スマホは、上記の対策もとれませんよね。遺族も故人のスマホに入れたら、いろいろ見たくなると思います。
はい。従って、スマホ内の「万が一の際、遺族となる家族が必要となる情報」をエンディングノートなどで共有しておくことが考えられます。
例えば、遺影にしたい写真をプリントアウトしておくとともに、友人・知人の連絡先、取引しているネット証券会社名(IDなどは不要)、利用しているサブスクのサービス名やID、パスワードなどを書き出しておくとよいでしょう。
スマホについては面倒かもしれませんが、中身を見られたくないのであれば、それくらいの準備はしておきましょう。
ーー遺族がスマホやパソコンに入れたとしても、どのネット証券に口座があるのか、どんなサブスクに入っているかまでわからなくないですか?
証券会社のアプリが入っていたり、サイトをブックマークしていたり、証券会社からメールが来ていたりと、何らかの形跡は残っていますので判明すると思います。
大事なのは、スマホやPCそのものにログインできることです。
ーーちなみに、死後にサブスクが解除されずに放置されると、ずっと支払いが続いてしまうのでしょうか?
死後、相続手続きのために銀行に連絡すると、口座が凍結されます。ネットのサブスクはクレジット決済などがメインですので、いずれ支払いが止まることになります。
サブスクの会社としては、支払いが止まるわけですから、契約者に何らかの連絡をしたり解約したりするので、永遠と支払いが続く心配はないでしょう。
ただし、死後にも別途請求されてしまう恐れがある点には注意が必要です。
ーーなるほど。ちなみに、伊勢田さんご自身はスマホのパスワードをご家族と共有していますか?
もちろんです! 「デジタル終活しましょう。パスワードを共有しましょう」と呼びかけている立場ですから、自ら実践してますよ。岩井さんも是非!
ーーいえ……僕は、必要な情報をすべて紙に書き出すことにします!
<相続会議>
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